TOP > Paul Stuart > FEATURE > Paul Stuart men | 【【Spring & Summer 2026】エレガンスの現在地とは?−メンズディレクター鴨志田康人の2026年春夏ルック解説
エレガンスの現在地とは?
ーメンズディレクター鴨志田康人の2026年春夏ルック解説ー

「今の時代、エレガンスとはどのような形で存在するべきだろうか?ーちょっと仰々しい言い方ですが、そんな大テーマに改めて向き合ったのが今季のポール・スチュアート メンズコレクションになります」。2026年春夏のシーズンテーマ“Calm Elegance”について、鴨志田ディレクターはこう説明します。
「ライフスタイルが大きく変容し、世界レベルでドレスコードが希薄になる現在。エレガンスという言葉自体に古めかしさを感じる方も増えてきているかもしれません。しかし、スーツを着てネクタイを締め、格式高くドレスアップすることだけがエレガンスではないと思います。突き詰めて言えば、エレガンスとは心のあり方。ですからファッションに限らず、所作や言葉遣い、さらには建築物や空間、食文化にだってエレガンスは存在するわけです。つまり形は変われど、装いのエレガンスも決して滅びることはない。僕はそう信じています。
そんなことを考えているときに、ルキノ・ヴィスコンティ監督の映画『ヴェニスに死す』を改めて鑑賞する機会を得ました。劇中で描かれているのは1910年代。波音をBGMに読書をし、友人と芸術論を戦わせ、夜にはホワイトタイに着替えて弦楽と調べと食事を味わい、昼には白のスーツを着込み浜辺でフルーツをかじる……貴族文化の薫りを帯びた当時のヴェニスに流れる時間は、今とは比べものにならないほどゆったりと感じられました。この“ゆるやかさ”こそ今の人たちが憧れる価値であり、同時に現代のエレガンスの所在地になるのではと考えたのです。そこから“Calm(穏やかな)Elegance”というテーマが定まっていきました」
贅肉を削ぎ落として生まれる余裕こそ、エレガンスの拠り所
軽やかに歩けるアイテムが
コレクションのキーに

「では、どのようにCalm Eleganceを表現するか。そう考えたときにカギとなったのは、余計なものを省いたシンプルさでした。クラシックを基調にしつつ、装飾的な要素を極力削ぎ落としてミニマルに研ぎ澄ませていく。すると伝統的なものにも新鮮さが蘇りますし、エレガンスも輝きを増していくものです。いみじくも、ファッションの伝説的デザイナーたちはシンプルとエレガンスの関係性を説いた名言を数多く残しています。『シンプルさのなかにも贅沢があると信じている』とか、『シンプルはすべてのエレガンスの基本となるもの』といった言葉ですね。贅肉を落とし、無駄を省いていくと、そこには余裕が生まれる。すると装いも所作もゆったりと優美になるし、過ごす時間も穏やかで豊かなものになる。そういったイメージを込めたコレクションなんです。
さて、ちょっと話が壮大になりすぎましたね(笑)。でも、コレクションテーマはできるだけ大風呂敷を広げて、マクロなスケールで考えていくべきだと思っています。時代錯誤に陥らず、今のライフスタイルにフィットさせたスタイルを提案するためには、やはりリアリティとか時代の趨勢といったものをすり合わせていく必要があります。そうしたときに、最初から現実ばかり見ているとどうしても小さくまとまってしまう。ですから最初はドーンと構えて、そこから現実に落とし込んでいくほうが面白いコレクションになるのです。そういうわけで、100年前のヴェニスから着想したCalm Eleganceというテーマを実際にどう形にしていったかをお話ししましょう」
伝統色としての黒、そしてヴェニスの色彩を基調に
軽やかに歩けるアイテムが
コレクションのキーに

「全体の特徴としては、控えめに抑えた色使いが挙げられます。なかでも黒を多用しているところがポイントといえますね。黒=モード、またはフォーマルといったイメージがあるかもしれませんが、1920年代以前にはもっと幅広い装いで黒が用いられていました。さらに黒はヴェニスと関わりが深い色でもあります。当時のヴェニスは貿易によって莫大な富を得た豪商達の派手な振る舞いを危惧した国は「倹約令」を発布し、それに関連して一時期、街から華美な色が排除され 、名物のゴンドラも黒く塗り替えられてしまったことがあったのです」


「黒以外にも、イカスミパスタのようなチャコールグレーやエスプレッソを思わせるダークブラウン、ティラミスよろしくブラウンとバニラホワイトを掛け合わせた柄など、落ち着いたトーンを数多く取り入れています。お気づきかもしれませんが、これらはすべてヴェニスの食文化に欠かせないメニュー。実は『ヴェニスに死す』を改めて観たとき、ゆるやかな時間の優美さと同時にヴェニスの風景が織りなす美しさも再発見しました。水の都にふさわしいマリンスタイル、ゴンドリエールの服装、経年変化した建物の色などが、どれも大変クールに感じたんです。ちなみに差し色的に入れている赤のブルゾンはゴンドラの色をモチーフにしました。いろいろな視点から見た“今の気分”がオーバーラップする交差点。それがヴェニスにあったというわけですね」
控えめな色使いだからこそ、風合いにこだわって
軽やかに歩けるアイテムが
コレクションのキーに

「色使いを控えめにしたぶん、テクスチャーにこだわっているのも特徴的。たとえばこちら(写真左)はカラミ織りをストライプ状に切り替えて立体的な編み柄に仕上げています。あとはメッシュ調の生地で仕立てたシャツジャケットだったり、ジャージー素材のショールカラーだったり。色はシンプルでも平面的に見えないよう意識しました」
「ちょっと面白いところではこちら(写真右)。ゴンドラにあしらわれているエキゾチックなレリーフをモチーフにした柄をジャカードで表現しました。ヴェニスは異国文化が混じり合う都市なので、オスマントルコや東欧諸国の文化が至るところに根付いているんです。シンプルなコレクションのなかに適度なアクセントが効いて気に入っていますね。
季節の変化を楽しみつつ、
快適に過ごせるアイテムを多彩に

「こちらは映画に直接関係するモチーフですね。ビョルン・アンドレセン演じる魔性の美少年・タッジオが身につけていたセーラー服をヒントにしたものです。共生地のニットポロとスカーフなので、トゥーマッチに見えないところがポイント。今までのポール・スチュアートはドレスクロージングが主体だったのですが、時節柄も鑑みてカジュアルアイテムも拡充しました。大人の日常にフィットしつつ、さらりと着るだけでちょっと気の利いた雰囲気に見えるバランスを狙って、ありそうでない服作りを心がけています」

「こんなところが今季の概要。シーズンテーマの世界観は店頭でお配りしているカタログに集約されているので、ぜひご覧いただければ幸いです。今回も私がスタイリングを行い、信頼できるチームと共同で制作しました。1930〜50年代の写真集を参考資料としてフォトグラファーに見せたのですが、うまく現代的にアップデートしてくれましたね。表紙のモデルの髪型は、タッジオ少年をかなり意識しています。ま、これはご愛嬌ということで」