-サンヨーソーイング青森工場製コート-
ヒトの手と工業機械を紡ぐ協調と最適性
ポール・スチュアートのコートが作られるところを見てみたい・・・。 そんな思いから、私たちは本州北端の地、青森へ赴いた。
青森県上北郡七戸町。東北新幹線七戸十和田駅から徒歩1分の立地を拠点とするサンヨーソーイング青森ファクトリーは、1969年創業の世界的にも貴重なコート専業工場。コートへの飽くなき製造意識から生み出されるコットンギャバジン地使いのトレンチコートは特に定評があり、ウールや合成繊維といったニーズにも培われた技術で応えていく。
脈々と受け継がれる伝統や伝承に触れながらも感じたことは、ひたむきで堅実に地域と共に歩む協調の精神だった。
拘りと美学
サンヨーソーイング青森ファクトリーの拘りと美学は、工業用パターン・縫製・仕上げの主に三つの特徴に分けられる。
それらは全て教えられて得たものではなく、体感で身に付いた技術によるもの。原理の説明はできない。
当工場の制作する服は、既製服と呼ばれる量産品。日常生活に使える実用性が重要。
しかし、装いやお洒落という普遍的なニーズを満足させる美しさの追求も必要不可欠。“実用性と美しさの同居”を哲学とする。
工業用パターン
工業用パターンは、アパレルメーカーからのパターン(製図)をモノ作りとしてのパターンに変換する。デザインされた服に安定したシルエットと品質を付加させて、画一化された製品に作り上げることが目的。前身頃の落ち感の美しさや跳ねのない裾、トレンチコートに代表されるエレガントなラペル衿の返りは、この工程によって始まる。美術品が工芸品に変わる道程。
縫製関連
保管されている幾つものミシンは、生地の特性に合わせてすでに設定されているものが出番を待つ。規律正しく並ぶ工業機械と職人の手仕事が交わることを思い浮かべると胸が高鳴る。
ミシンの下糸に使用される“ボビン”という器具が並ぶブース。ボビンにミシン糸を巻く際は特殊な専用機械によって行われる。ミシン糸のテンションを均一にするため。手作業では個人の力の差によってムラが起きやすく、製品ごとに縫製のバラつきが生まれる可能性がある。機械自身もその日の温度や湿度によって設定は変化する。
ミシン糸の番手(太さ)毎に色分けをされた様は、現代アートのオブジェを見ている印象。
縫製ラインに入る前の重要な工程、生地の裁断。生地の原反が工場に投入されてから、検反(反物の検査)や物性テスト、放反(生地を一定期間寝かせて落ち着かせる工程)を経て初めて、生地にハサミが入る。裁断は量産、パターンオーダー、柄物によって方法と機械は異なる。
脇では生地に応じて温度を調節した芯貼り機械を用いて、生地への芯地据えが行われている。物静かにかつ正確に手を動かす職人の様は儀式的にも映る。
上衿と地衿の二枚のパーツは、“パターンシーマー”と呼ばれる特殊ミシンと職人技で美しく仕上げられる。衿の形状に合わせて幾種類もあるゲージを用いて、コンピューター制御されたミシンで縫い合わせる。上衿は美しく返るための丸みを帯び、地衿とゆとりが出る。生地ごとに調整されるゆとり出しは、職人による長年の経験とセンスが必要。ヒトの手ではマネできない左右対称の衿先の丸みは機械の手が必要。ヒトと機械の最適性によって成される結晶。
衿の中間プレス工程。トレンチコートに代表される台衿付の衿を、立てて着用した際の所作と美しさへの追求と拘りから生まれた手業。衿内周り(肌側)は必然的に一針一針、職人の手による手まつり縫いが行われる。美への探求心が長年の経験によって昇華される瞬間。
見返し付けの工程。 “引き縫い”と呼ばれるコートの縫製技術において、最も基礎的かつ重要といっても過言ではない熟練の職人技。サンヨーソーイング青森ファクトリー製コートの前身頃の前端は一切の淀みなく垂直にストンと落ちる。
箱ポケットの形状は製品によって異なる。特別なゲージも用いず、かつ画一的にピタリとステッチの角を合わせていく様は職人の成せる業。手を入れる袋布も“まわし縫い”と呼ばれる技を駆使する。普通に縫うとシワが寄るポケット布を、手のひらと指を使い分けながら、滑らかに回転させながら縫い上げる。
素早く丁寧にノッチ(合印)に正確に合わせながら袖がみるみると縫い付けられていく。ピン留めやしつけもせずに行なう様は熟練工の手業。
背中心のインパーテッドプリーツは高度な技術を要する。ゲージを使いながら慎重に仕上げていく。
製品デザインや生地によっても異なるが、コットン総裏仕立てコート裾始末の工程。ステッチを表に出さない裾仕上げはフラシ芯を据えて美しく仕上げる。ハリのあるコットン生地の裾周りが、ツノも立たずに綺麗な円を描く。針穴は表側には無いため、裾の丈詰め直しも施し易い。
釦付け専門の職人が手作業により生み出す“立つボタン”。しっかりとした根巻きによる高さが出るため、釦の着脱がしやすく、かつ取れにくい。用途や箇所に合わせて五種類の取り付け方があると聞いたのは驚き。
仕上げ
用途に合わせた“ウマ”
裏側からのアイロン
空中プレス
用途に合わせた“ウマ”
裏側からのアイロン
空中プレス
仕上げはよどみなく、しっかりと。ただシワを取るだけではなく、身頃の隅々まで整然と落ち着くよう。袖に合わせて作られた三種(セットインスリーヴ・ラグランスリーヴ・袖繰り)専用の“ウマ”を用いて前振りにクセを取り、約150cm巾のコート用の大きなバキュームアイロン台に乗せて、製品の裏からアイロンを当てる。裏から当てる理由は、重なり合った生地のアタリを軽減させるため。シワを取りつつ、様々な工程を経て疲れた生地の艶も戻す。
最終工程は空中プレス。吊るして蒸気を当てながら、小ジワ取りや衿のロールを整えていく。熟練工の手や指に力の強弱を付けながら美しい工芸品は姿を現す。
次世代へ向けて
次世代を見据えて、サンヨーソーイング青森ファクトリーは邁進する。 シームテープシーマー機やレーザーカッター機、ダウン封入機といった新たに導入した工業機械群とともに。 機械は進化しても、モノ作りに勤しむヒトの心は変わらない。愛着の湧くコートを是非とも貴方に届けたい。