【Paul Stuart Culture CLUB ⑧ CINEMA】 映画ライター/編集者のSYOがセレクト「観たら旅に出たくなる映画3選」 大人たちよ、もう一度、旅情を取り戻そう


© 2021 Sony Pictures Entertainment (Japan) Inc. All rights reserved.

 

2022年のゴールデンウィークは、新型コロナウイルスの蔓延後、約3年ぶりに行動制限が設けられなかった。まだまだ予断を許さぬ状況とはいえ、思い切って遠出をしたり、近場で遊んだり、自宅で過ごしたりと、それぞれが思い思いに休暇を満喫できたのではないか。映画界でいえば、『ファンタスティック・ビーストとダンブルドアの秘密』のエディ・レッドメインに続き、『トップガン マーヴェリック』のトム・クルーズが来日するなど、来日PRが復活しつつある。劇場を訪れる観客数も少しずつ回復を見せ、今後さらなる盛り上がりに期待したいところだ。

 

Text. SYO
Edit. FUTURE INN

 

 

コロナ禍で失われた/もしくは溜まっている「旅行に行きたい」気持ちを今一度喚起する映画

 

ゴールデンウィークの次は夏休みということで、今年の夏こそは旅に出ようと意気込んでいる方も多いはず。本稿では、映画ライターのSYOが「観たら旅に出たくなる映画」を独断と偏見で3本選出。『LIFE!/ライフ』や『食べて、祈って、恋をして』、あるいは『ダージリン急行』『グランド・ブダペスト・ホテル』などのウェス・アンダーソン監督といった王道作品とは一味違った(ちょっと偏りのある)チョイスを楽しんでいただきたい。

 

『グッバイ、サマー』(2016年9月公開・フランス)
心が「旅に出るモード」に変わっていくのがたまらない

 

最初に紹介したいのは、『エターナル・サンシャイン』のミシェル・ゴンドリー監督の自伝的作品『グッバイ、サマー』。クラスのはみ出し者の少年二人が、夏休みに車を自作して冒険に出る物語だ。

 

女の子のような見た目で周囲から馬鹿にされている14歳のダニエル(アンジュ・ダルジャン)は、変わり者の転校生テオ(テオフィル・バケ)と親しくなる。周囲から浮いた存在だが、絵が好きなダニエルの展示会に駆けつけ場を盛り上げるなど、優しさにあふれたテオ。内気なダニエルも徐々に心を開き、親友となった二人は退屈な日々から逃げ出そうと“動くログハウス”を開発。フランス横断の旅に出る。

 

©PARTIZAN FILMS - STUDIOCANAL 2015

 

ゴンドリー監督といえばどこか絵本っぽさを感じさせるファンタジックな映像美で知られるクリエイターだが、本作ではトリッキーな演出は抑え、セピア色が印象的な懐かしさ漂う物語を創出(とはいえ衣装や音楽、小物等、そして動くログハウスに至るまでやはりお洒落!)。

 

純粋でしかなかった少年時代の甘酸っぱさ、旅の準備に没頭する際の高揚感、旅の中で生まれる新しい自分……。感情の動きの一瞬一瞬を丁寧に積み上げていく本作は、ダニエルとテオを通して観る者それぞれに“あの頃”の自分が蘇ってくる映画ともいえる。いわば原風景に立ち返らせてくれると同時に、旅に出る初期衝動を呼び起こしてくれる作品でもあるのだ。

 

©PARTIZAN FILMS - STUDIOCANAL 2015

 

人類史上に残る災厄の時代を生きている我々は、意識的/無意識的に「もう昔には戻れない」という残酷な真理を日常的に体感しているはず。だからこそ、プリミティブな清い場所に引き戻してくれる『グッバイ、サマー』の価値は、これまで以上に高まっている気がしてならない。ゴンドリー監督の優しいまなざしや耳に流れてくる心地よいフランス語に癒されつつ、心が「旅に出るモード」に変わっていくのを待つ――。そんな効能を持った作品だ。

 

『グッバイ、サマー』(DVD&Blu-ray発売中)Blu-ray 5,280円 販売元:ハピネット・メディアマーケティング ©PARTIZAN FILMS - STUDIOCANAL 2015

 

『ロスト・ドーター』(2021年12月配信・アメリカ、イギリス、イスラエル、ギリシャ)
いまいる場所から一度離れたからこそ得られた恩恵

 

2本目は、Netflix映画。本年度の第94回アカデミー賞で主演女優賞・助演女優賞・脚色賞の計3部門にノミネートされたため、ご存じの方もいることだろう。『ダークナイト』などで知られる俳優マギー・ギレンホールの監督デビュー作であり、第78回ヴェネツィア国際映画祭で脚本賞に輝いた。

 

本作は、ひとりの女性の現在と過去をめぐるサスペンスタッチのドラマだ。休暇でギリシャを訪れたレダ(オリヴィア・コールマン)は、ビーチで子連れの女性ニーナ(ダコタ・ジョンソン)と遭遇する。それを契機に、脳内にフラッシュバックする過去の記憶……。若き日のレダ(ジェシー・バックリー)は、仕事と育児の両立に苦しみ続けた結果、ある行動に出たのだった。

 

 

『ロスト・ドーター』というタイトルが示す通り、レダやニーナと「娘」の関係性を描くドラマが展開。母親とは何なのか? 母性とは? といった深遠なテーマが根底にあり、ステレオタイプな母親像(母はすべてを投げうって子どもに尽くさねばならない)を破壊する作品でもある。イメージを押し付けることなく、ある種の子育てのリアルをまざまざと見せつける点が、本作の大きな特長だ。そこにレダの過去の秘密が紐解かれていくサスペンス要素が混ぜられており、彼女の人物像や内面への理解が進んでいくにしたがって、作品自体の深度が増していくという凝った作りになっている。ともに本年度のオスカーにノミネートされたコールマンとバックリーの“揺らぐ”演技も一級品だ。

 

 

そして、本作にはもう一つ側面がある。それは、旅に出ることで自分の過去と向き合い、次の場所に向かう姿を描いていること。旅に出る目的にはリフレッシュの意味合いも多く含まれるだろうが、旅先という非日常の環境に身を置くことで、逆説的に自らを見つめ直し、整理と再発見ができる――というのも、旅の重要なフィードバックといえるのではないか。楽しい旅には終わりがあり、我々はやがて元の日常に戻る。その日常には、恥も後悔も抱えた自分も含まれるだろう。完璧でなくても、この自分&現実を生きていこうと思える。それは、いまいる場所から一度離れたからこそ得られた恩恵なのだ。

 

Netflix映画『ロスト・ドーター』独占配信中

 

『名もなき一篇・アンナ』(2021年10月公開・日本)
喪失感漂う雰囲気の中で静かに想いを馳せる

 

3本目は、短編映画集『DIVOC-12(ディボック・トゥエルブ)』から。こちらの企画は、ソニー・ピクチャーズが「新型コロナウイルス感染症の影響を受けているクリエイター、制作スタッフ、俳優が継続的に創作活動に取り組めること」を目指して製作したもの。12人の映画監督がそれぞれに10分間の短編を作り上げた。

 

そのうちの1本『名もなき一篇・アンナ』は、『新聞記者』『ヤクザと家族 The Family』『余命10年』で知られる藤井道人監督が、横浜流星とロン・モンロウを迎えて撮り上げた旅の物語。生きる希望をなくした青年が、失った恋人の幻影に導かれて各地を辿っていく。北海道・京都・沖縄……まさに日本を縦断する旅の中で、美しい風景の数々が藤井監督ならではのエモーショナルなタッチで切り取られる。函館の夜景や京都の街並み、沖縄の高所から臨む水平線など、思わず陶酔させられてしまうことだろう。

 

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この映画には「旅になかなか出られない状況で、それぞれの大切な場所を映し出す」という想いが込められており、まさに「旅に出た気分」になることができる作品だ。また、注目いただきたいのは作品全体のトーン。ハイテンションに「旅に出よう!」と訴えかけてくるのではなく、喪失感漂う雰囲気の中で静かに想いを馳せる、といった静謐で神秘的なムードで統一されている。コロナ禍を生きる我々の心持ちにマッチした空気感が流れており、自分自身も閉塞感漂う状況下でこの作品に出合い、大いに救われた。

 

心が洗われるような映像に身を浸したのち、純粋な「旅に出たい」という感情が湧き上がってくる『名もなき一篇・アンナ』。他の11本も個性豊かな秀作が揃っており、最初から最後まで楽しませてくれる短編集だ。

 

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Profile : SYO

1987年福井県生まれ。東京学芸大学卒業後、映画雑誌の編集プロダクション、映画WEBメディアでの勤務を経て、2020年に独立。映画・アニメ・ドラマを中心に、エンタメ系全般のインタビュー、レビュー、コラム等を各メディアにて執筆。トークイベント・映画情報番組への出演も行う。

 

公式サイト: https://syocinema.jimdofree.com/
Twitter:https://twitter.com/SyoCinema

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