革靴初心者が見聞を深め、お気に入りの一足を手に入れる当連載も4回目。理解が深まるとともに、筆者が沼にハマっていくのは見ての通りですが、ここで土台の再構築。ということで、今回は根本的な疑問と知っておくべき予備知識にフォーカスします。
「今さら聞けないけど…」と気になる方も少なくないはず。そこに切り込みつつ、三陽山長 日本橋髙島屋S.C.店の上村店長にレクチャーしていただきました。知っておけばより革靴選びが楽しくなるし、なんならツウぶることもできちゃうかも(笑)。読者の皆さまもすでに片足を突っ込んでいる頃かと思いますが、さらなる深みへご案内します!
ライター
細谷 駿人
埼玉県生まれ。メンズファッション雑誌で編集として勤務し、2018年に独立。ファッションメディアを中心に時計や美容の編集/ライターも務め、カタログや広告のディレクションも手がける。ごりっごりのゆとり世代のお調子者(笑)。
三陽山長 日本橋髙島屋S.C.店 店長
上村 哲平
高身長のすらっとしたスタイルに爽やかな笑顔が特徴の店長。ファッション好きがこうじて三陽山長に入社し、その後革靴の沼にハマってその暦なんと16年。休日問わずに革靴を履き続けるほどにどっぷり浸かり、今では革靴を履かない日の方が違和感を感じるとか。
細谷 ここまで五十嵐さんと上村さんに革靴の魅力を伺ってきまして、ハマっていくと同時に疑問が生まれてきました。今回はそれを伺いたいなと思います。クレーマーだと思わないでくださいね?(笑)
上村 大丈夫ですよ! なんでも聞いてください。
細谷 ありがとうございます! まず、気になったのが「長く使える」って本当なの? ってところです。スニーカーに比べて長持ちするのはわかるんですが、実際10年以上って聞くと疑ってしまいまして……(笑)。
上村 確かに長年使うことはできても、新品同様に使えるということはもちろんありません。スニーカーは一般的にキャンバスやナイロンのような素材を使ったものが主ですが、革靴は文字通りレザーです。中でもドレスシューズは、生地も厚いのでそれだけ耐久性に優れていると言えます。
細谷 なるほど。でもソールは、履くほどにすり減っていくわけじゃないですか。
上村 確かに、ソールに関してはスニーカーと同様ですね。ただ、大きく異なるのはソール交換ができる点です。革靴においては“ソールは消耗品”と捉えていただいて、削れた部分を取り替えていくという考え方をします。
細谷 そうなんですね。それはラバーソールでもレザーソールでも同じように取り替えられるんですか?
上村 製品によりますが、基本的には可能です。ここに製法が関わってくるんです。
細谷 出た! よく聞くけどいまいち理解できていないやつです……(笑)。ソール交換ができる製法とできない製法があるんですか?
上村 高級靴で使われている主な製法が、グッドイヤーウェルト製法です。アッパーにソールを縫い付けている製法で、糸を解いてしまえば糊付けをされているだけになりますので、外して張り替えることが可能です。
細谷 この製法なら何度でも張り替えて使用ができるってことですか?
上村 アッパーのレザーの状態さえよければ、何度でも張り替えることが可能です。
細谷 購入の際はここも視野に入れるのが良さそうですね。
上村 そうですね。圧着しているだけのソールは交換できないことが多く、安価なシューズによく使われる製法です。使用頻度やライフスタイルに合わせて、選ぶことをオススメします。
細谷 ビジネスパーソンが毎日履く用に買うのであれば、ソール交換できるものがよさそうですね。そういう選び方もできるってことか。ちなみにソール交換の目安ってありますか? こうなったら交換しましょう、みたいな。
上村 靴の状態次第ではありますが、一つの目安として挙げるなら踵部分です。ストレートチップの友二郎を例に挙げますが、ここが一番すり減る部分です。ヒールの後ろ半分が1cmほどの厚みがあるのですが、ここが擦り切れる手前くらいが目安になります。
細谷 では、この部分よりすり減ると交換が大変になってしまうんですか?
上村 いえ、その際はヒールのソールごと取り替えます。すり減っているレベルに合わせて、交換する面が変わってくると思っていただければ。
細谷 よく見ると、かなり細かい作りになっているんですね。先ほどおっしゃっていた圧着しているだけの製法では、全く交換ができないんですか?
上村 できない、ということではないです。セメント製法と言われるものですが、剥がす時にアッパーへダメージが入りやすいこともあって、交換をオススメしていないことが一点。あとは、メーカーがソール交換をしない想定で作っているため、交換するソールを作っていないことが多いです。
細谷 なるほど。修理できない代わりに安価で提供できているということなんですね。長く使えるといっても選ぶシューズ次第ってことか。
上村 そうですね。あとは手入れです。
細谷 あ……。手入れの話は追々ということで……(笑)。手入れをして良い状態を保っておけば、ソールを張り替えながら10年20年と使える、ということがよくわかりました。
細谷 用語ついでにもう一つ。ラストについて教えてください! 単刀直入に言います、ラストって、なんなんですか?(笑)
上村 日本語で言うと「木型」といって、靴を作るのに使う型のことです。革靴はこの木型に合わせてアッパーを作っていきます。木型と言っていますが、プラスチックのこれが木型になります。(上の写真の右側、中に入っているもの)
細谷 革靴を形成する土台であり、心臓部分なんですね。ということは、メーカーによって異なるんですか?
上村 そうですね。ブランドの特色であり、履き心地の要になるところです。我々も最も大切にしているところです。
細谷 今のこの状態(写真)は、もう完成に近い状態なんですか? 下部分が突き出ていますが。
上村 ソールを剥がした状態に近いです。この突き出た部分は、わかりやすく言うとソールとアッパーを縫い付ける縫い代のようなものです。
細谷 これもグッドイヤーウェルト製法の一部なんですね。先ほど、“ラストは最も大切にしているものの一つ”と仰っていましたが、三陽山長におけるラストで定番的なものはどんな型なんですか?
上村 マスターラストとしている「R2010」です。ブランド設立から10年かけて蓄積したお客さまの足型データをもとに製作したラストで、こちらの友二郎をはじめ、様々なモデルに使用しています。
細谷 三陽山長のお客さまのデータがベースということは、日本人の足型にマッチしたラストなんですね。どんな特徴がありますか?
上村 現代の日本人の足型の特徴では、比較的踵が小ぶりなことや甲がそこまで高くないことが挙げられます。
細谷 昔は、幅広甲高が典型的な足型と聞いていましたが、そんなことないんですね。
上村 確かに高齢の方にはそういう方がいらっしゃいますが、ミドル世代あたりからは、幅広で甲が低い方が増えてきていますね。なので、R2010ラストは現代の日本人の足型にあったフォルムになっています。
三陽山長のシグネチャーモデル「友二郎」。マスターラスト「R2010」を採用しており、甲の幅が広く踵がコンパクトな現代の日本人の足型にフィットしたシルエットを形成。端正なルックスの中に走る、アイレット横のスワンネックステッチがさりげなく個性をアピールします。
細谷 ともすると、足型にあった国産ブランドを狙う方が、我々が快適に履き続けられるのかもしれませんね。
上村 ブランド毎に特徴が異なるのは当然ですし、それぞれが自国の足型に近いモノ作りをしているのは根底にあります。ただ、ラストが違うから全く履けないということはないので、以前にもお伝えしましたが、まずは実際に店舗でサイズを測ることが大事です。
細谷 少なくとも僕のようなビギナーは、国産ブランドが賢明かな。
上村 そうですね。足にあった靴を選んで履いていただければ、より革靴の魅力を感じていただけると思います。
細谷 友二郎を軸に比較しやすいラストのモデルはありますか?
上村 わかりやすいのは同じストレートチップの「友之介」ですね。ラストは「R309」を採用しています。
細谷 R309はどんな特徴があるんですか?
上村 大きな特徴は、つま先がエッジの効いたスクエアトゥを採用している点です。幅の一番広い部分からトゥにかけて直線的にラインを描いていて、R2010と比べてやや細いシルエットになっています。
友二郎と双璧を成すストレートチップの「友之介」。採用しているラスト「R309」は、ラウンドトゥのR2010ラストに比べてシャープなスクエアトゥが特徴です。より洗練されたフォルムのため、スマートな佇まいを演出。ストレートステッチがその気品をさらに後押しします。
細谷 確かに言われてみると友二郎とはまた違った形になっていますね。シュッとした印象というか。
上村 微差が大差を生む好例ですね。スクエアトゥに仕上げることでよりシャープな見た目になっています。並べてみると一目瞭然ですよ。
細谷 確かにこうしてみると全然違いますね。幅もそんなに違わないのに、トゥに向かっての表情は別物。R2010は丸みのあるクラシカルな印象で、R309はシャープで知的な印象です。
上村 友之介の方がモードな雰囲気といいますか、細身のスーツとも相性が良くキレイめな装いを好む方にオススメですね。
細谷 同じストレートチップでも、並べてみるとネックやトゥの切り替え部分など、違いがはっきりわかります。
上村 どちらも伝統的な意匠ではあるのですが、ステッチなどでも差がわかりやすいと思います。あとは、丸紐と平紐など。
細谷 確かに! 靴紐の形で違いはあるんですか?
上村 ぱっと見で丸紐の方が紐のボリュームが出にくくなっています。一方で平紐の方が、ボリューム感が出るので存在感がありますね。
細谷 だから、友二郎は平紐で、友之介は丸紐なんですね。
上村 もちろん、好みですし、友之介に平紐を使ってもいいんです。ただ、そういう定説があるといいますか。
細谷 いや、これ結構大事ですよ。これで「え、それに丸紐なの?」とか言われたら恥ずかしいですもん(笑)。
上村 革靴好きからもわかっているなと思っていただけると思いますよ。
細谷 押さえておけば、ツウな感じが出せるかな……?(笑)
細谷 以前、Uチップの極 勘三郎を拝見させてもらいましたが、友二郎とはヒールの作りが違うなと思いました。極 勘三郎の方が重厚で厚みがあるというか……。ここにも製法の違いがあるんですか?
上村 そうです。シングルウェルト(左)とダブルウェルト(右)と呼ばれるものです。
細谷 シングルウェルトの方がシュッとした雰囲気ですね。そもそも、ウェルトってなんですか?
上村 ウェルトというのは、先ほど細谷さんが仰っていた、アッパーの下部分の突き出たところ、正確には帯状のレザー部分のことを言います。縫い代を担うパーツですね。
細谷 では、シングルというのは?
上村 友二郎のサイドを見ていただけるとわかりやすいのですが、このウェルトがヒールの手前で途切れていますよね? 一方ダブルは、ヒールまでウェルトが一周している。
細谷 確かにそうですね!
上村 シングルだとコンパクトなヒールになるので、よりドレッシーな印象を与えます。特に友二郎は踵がコンパクトなR2010ラストを使用していますから、より顕著に表れます。
細谷 最初に見た時にシャープな印象を受けたのはシングルウェルトだったから、というのもあるわけですね。確かに、ボリューミーなダブルウェルトの方がカジュアルな印象です。
上村 その通りです。三陽山長では「極 勘三郎」や、オンオフ兼用シリーズの「兼一郎」や「兼三郎」などに採用しています。他にもウェルトの形はいくつかありますが、代表的な二つを知っておけばOKかと。
細谷 その厳選、ありがたい……(笑)。全体的な見た目はもちろんですが、ディテールも靴のイメージを印象付ける役割があるんですね。面白いな〜!
上村 掘り出したらキリがないですが、そこが革靴の面白いところであり、男心をくすぐりますよね。
細谷 いや、気になり始めると止まりませんね。機能性の面でお伺いしたいのですが、レザーソールって機能的にどういった魅力があるんですか? 機能性特化の現代ではラバーソールの方がメリットが大きいと思うんです。
上村 メリット・デメリットは両方にあります。まずデザイン的な面では、圧倒的にレザーソールの方が美しく、そして染色しやすくシューズ全体に一体感が生まれます。
細谷 確かに、ルックスはすごくドレッシーというか、完成されてますよね。ただ、歩きづらそうな感があります。
上村 確かに見た目に終始している印象がありますが、実はそうではなくて。元々は繊維なので、最初はおっしゃる通り板のように硬いんですが、履き馴染んでくると曲がる癖がついてくるんです。
細谷 あ〜! 返りがいい、ってやつですね。
上村 そうです! だんだんと歩行時のストレスがなくなって、自分の形になっていくので快適に履くことができます。
細谷 育てる楽しみがあるわけですね。その点ラバーはカジュアルになる分、育てずに快適さを味わう時短ができると。
上村 そうですね。あとはグリップ力や水に強いといった点もあります。
細谷 やはり、レザーソールは水に弱いですか?
上村 現代においては絶対NGということはないのですが、水には弱いですね。
細谷 よく聞きます。実際水を吸うとどうなるんですか?
上村 滑りやすくなりますね。また、内部に水が浸透してしまうと乾くのに時間がかかってしまいます。ただ、濡れてしまったらもうおしまい、ということではありません。適切にアフターケアをしていただければ、濡れる以前のように履き続けることができますよ。
細谷 それを聞くと安心ですね。とは言え、ビジネスパーソンは天気関係なくビジネスシューズを履かなければならないですからね。そうした意味では、近年登場した防水シューズが人気なのも頷けます。
PVC素材を使用した完全防水仕様のレインシューズ「防水 友二郎」。マスターピースの友二郎をベースにし、ディテールに至るまで忠実に再現しています。ソールは微発泡ラバーを使用しており、軽量で返りもよく、グリップ性や耐摩耗性にも優れ快適な履き心地も実現。安価に手に入るのも見どころです。
上村 確かにそうですね。防水シューズも今非常に人気です。
細谷 それにすごく進化していません?「防水 友二郎」を拝見しましたが、一見するとレザーシューズと遜色ない佇まいですよね。これって、レザーじゃないんですか?
上村 PVC素材なのでレザーではないです。友二郎を型から取って作っているので、ステッチなどのディテールも忠実に再現されています。
細谷 それで濡れないと。レザー特有の光沢感や艶っぽさも再現、とまではいかないものの、ここまで遜色ないとなれば十分ですね。
上村 機能性に特化したシューズの需要が高まっているので、三陽山長でもすごく好評です。こうした一足があることで、他の革靴を守ることができますし。
細谷 大昔ですけど、レインシューズと言えば長靴でしたし、あってもすごくカジュアル感があるというか。今はここまでドレッシーに仕上がるんですね。
上村 完全防水なので、機能性はレインシューズそのものです。手入れもしやすいので気兼ねなく履くことができますよ。
細谷 こうしてみると、機能性がアップデートされているのはスニーカーだけじゃないってことがよくわかります。クッション性やグリップ力も、防水 友二郎には備わっていますし。
上村 そうですね。ファッションとして革靴のスタイルを好む方も増えてきていますね。
細谷 僕自身がまさにそうなりつつありますからね! 漠然と持っていたネガティブイメージはどんどん払拭されていますし、やっぱりこの硬派な佇まいに惹かれちゃいます。
上村 差別化しやすいですよね。スニーカーと比べて最大の難点だった快適さも、時間さえかければ馴染んでストレスも軽減されるので、そこまで不安に思う必要はないと思います。
細谷 少しずつ革靴に詳しくなると、どんどん面白くなってきますね。全てのディテールに意味があって、それが機能にもデザインにも影響しているとわかると、より……。沼に突っ込んでいるのが片足どころじゃなくなっているような……(笑)。
上村 両足、きちんと入ってますね(笑)。
細谷 あとはとことん沈むだけです! ディテールありきで買い物するのも楽しそう。前はシングルウェルトだったから、ダブルウェルトを探しているんです。とか。
上村 実際にいらっしゃいますよ。ラストの指名買いをされる方など。R2010が合うからこのラストのカジュアルめなシューズない? というお客様が。
細谷 うわー! その買い方、めちゃくちゃカッコいいじゃないですか! やってみたい…… もっと沼に浸かります(笑)。
上村 ははは。楽しみにしてますね!
◀ PREV
NEXT▶