THE SNEAKERS by SANYO YAMACHO

THE LEATHER “至高の白革・黒革”を求めて
レザーの聖地・姫路へ

“今までに見たこともないレザーが、姫路にあるらしい”ーー究極のジャパンスニーカー作りに向けて動き出した私たちの耳に舞い込んできたのは、そんな噂でした。果たして目にしたのは「純白/JUNPAKU」と「漆黒/SHIKKOKU」の名を冠するにふさわしい、オーラをまとった白と黒の革。古来の製法によって作られた、その特別なクオリティをつまびらかにします。

日本最大級のタンナー「山陽」で
生まれる
唯一無二のクオリティ

牛革に特化した
百年企業

史上最高のクオリティを目指すジャパンスニーカー。そのアッパーには、王道をゆく白と黒のレザーを採用しよう。そんな方向性は、企画初期から定まっていました。ただし、単なる白革・黒革ではつまらない。過去に類を見ないような特別さを備えた、至高のベーシックレザーとはどんなものか……

その答えは、日本最大の革産地・姫路で見つけることができました。訪れたのは「山陽」というタンナー。110年以上の歴史を有し、当地でも最大規模を誇る名門です。播磨五川のひとつ、市川のほとりに広大な敷地を構え、牛革のなめしに特化して原皮の調達から仕上げまでを自社一貫で行なっています。

ここで作られる、至高のベーシックレザー。その秘密は、特別な“なめし”技法にありました。

古来の製法で作られる
「黒ヌメ」と「白革なめし」

三陽山長渾身のジャパンスニーカー「純白/JUNPAKU」と「漆黒/SHIKKOKU」。奇をてらう装飾を一切排除したミニマルな顔つきですが、実際手に取ってみると革の表情に際立つ個性を感じられるはずです。吸い込まれるように黒い黒と、輝くように白い白。それでいてどちらも塗りつぶしたような色ではなく、革本来の風合いをそのまま残しています。混じり気のないクリアな発色と、天然由来ならではのぬくもり。いわば相反する要素を両立させたレザーは、それぞれ「黒ヌメ」、「白革なめし」とよばれる非常に特殊な技法の革。その秘密を、山陽のキーパーソンである有本さんに伺いました。

「革靴、ましてやスニーカーにこの
革を使うなんて、極めて異例です」

—— 山陽 事業推進部長 有本忠義さん

「今回、三陽山長さんから黒ヌメと白革なめしを作ってほしいと依頼されたときには、正直かなり驚きました。どちらも、既製靴にはめったに用いられないレザー。ましてやスニーカーに使うなんて、極めて珍しいことです。

黒ヌメというのは、その名のとおり黒く染めたヌメ革のこと。“ヌメ”というと全く染色が施されていない肌色の革を想像しがちですが、正確にはミモザなどの樹液などから抽出された“タンニンでなめされた革”を意味します。ヌメ革の特徴は、繊維が密に詰まることによって実現される堅牢さ。耐久性に優れるだけでなく、味わい深い経年変化を楽しめるのも魅力です。最初のうちは革をつかむとキュッキュッと“鳴く”のですが、しばらく使い込むとそれが聞こえなくなる。すると、タフさとしなやかさを兼備した理想的な革に育つんです。ある意味非常に“革らしい革”なので、ビスポーク靴などでは稀に用いられるのですが、扱いが難しいため既製靴のアッパーに使われることはまずありません。

いっぽう白革なめしというのは、ここ姫路に古くから伝わる伝統技法である“姫路白なめし革”をオマージュした技法。かつては武者の鎧や竹刀に使う革を作るために用いられていた姫路白なめし革ですが、現在ではコストなどの理由からほとんど見られなくなっています。山陽の白革なめしは、現代の方法で白い革を作る文化を継続しています。何よりの特徴は、普通のなめし方では決して実現できない白さですね。革を作る工程では、なめしに使う材料によって染色前にある程度の“地色”がついてしまいます。前述のタンニンなめしなら樹液のベージュ、一般的なクロムなめしならブルーがかった色になり、ここに染色を施して白くすると、どうしても真っ白にならないのです。厳密にいうと、インクのような顔料で表面をベッタリと覆えば真っ白にもできますが、それだと革の風合いが残りません。革本来の表情を活かしつつ純白を表現するには、この白革なめししかないということなのです」

至高のベーシックレザーは
こうして作られる

巨大な
ミキサードラムで
下ごしらえ

さて、ここからは黒ヌメ&白革なめしの製法をご紹介。革作りの第一歩は、“水漬け”という工程から始まります。塩漬けされた状態でタンナーに届いた原皮を大きなミキサードラムに入れ、不純物を除去。その後、皮の裏面に付着している余分なところを取り除く“フレッシング”を行います。このあたりはいわば、下ごしらえの段階。

昔ながらの木樽で
皮質を柔らかく

タンナーに欠かせないのが、タイコとよばれる回転する大きな樽。山陽では年季の入った木製のタイコが列をなして並び、さまざまな工程で使われています。最初にタイコが登場するのは、“脱毛・石灰漬け”というプロセス。タイコの中に皮と石灰水を入れ、表面の毛をきれいに取り除きつつ皮質を柔らかくしていきます。その後、皮の厚みを大まかに整える“分割”を経て、再びタイコへ。皮に付着した石灰を取り除いたあと、皮を酸に浸してなめしの準備を整えていきます。

“皮”を“革”に変えるなめしの技

黒ヌメはミモザの
タンニンを使用

ここからが革作りのハイライトである“なめし”の工程。本来は生ものである“皮”を、10年、20年と使える“革”に変えるためのキーポイントになります。黒ヌメで行われるのは前述のとおり、ミモザの樹液成分を用いるタンニンなめし。数百年の昔から行われている伝統的な製法です。

およそ1~1.5ヶ月を
かけてじっくり熟成

釣り堀のような設備の中に満たされているのがタンニンの液体。ここに原皮をじっくりと漬け込むことで、徐々に革がなめされていきます。熟成期間はおよそ1~1.5ヶ月。ちなみに化学原料を用いるクロムなめしなら、およそ1日で完了します。

液面から無数に見えるヒモはすべて皮に繋がっています。これを時折ユラユラと揺らすことで、ムラなくタンニンを浸透させていきます。

白革なめしを
行えるのは
日本でここだけ

一方、白革なめしに使うのは専用の特殊な薬剤。このなめし技法自体が現在ではかなり珍しく、今では日本で山陽のみが行なっているとのこと。「白革なめしのレザーを靴に使ったのはおそらく、今回が初めてなのでは」と有本さん。

なめしの後も
手間ひまを惜しまず製作

余分な水気を
専用の機械で
除去

適切なサイズに
シェービング

なめしが終わったら、革に染み込んだ余分な水気を絞っていきます。その後、革の用途に適した厚みにするため革を漉く“シェービング”の工程へ。ちなみにヌメ革は非常に硬く仕上がっているため、専門の業者に依頼して厚みを整えるそう。余談ですが、写真でシェービングされているのは白革なめしのレザーではなくクロムなめしによる革。染色前の状態は、全体に水色がかっているのがわかります。

再びタイコに入れて
じっくりと染色

ここで再びタイコの登場。黒ヌメはこの段階で染料を入れ、黒く染め上げていきます。繊維が密に詰まっているぶん、染色もたっぷり時間をかけて入念に行う必要があるとのこと。染色と同時に、適切な油分を補給してしなやかな風合いに仕上げていきます。ちなみに白革なめしの場合、染色は行いません。なめし上がりの状態で真っ白になっているため、その色みと風合いをキープしながら油分を補給していきます。

現場には、昔ながらの木製タイコを小型化した金属製のタイコも。こちらは中が透けて見えるため、染色中の様子がわかります。まるで大きな洗濯機のよう。

ヌメ革は自然乾燥がマスト

染色が終わったら、革作りも終盤へと差し掛かります。こちらはヌメ革を自然乾燥させているところ。クロムなめしの場合は“真空乾燥”とよばれる機械式の技法で短時間での乾燥が可能ですが、ヌメ革は素材本来の質感や表情を保つため自然乾燥が必須とのこと。

仕上がったばかりの白革なめしを発見

タンナーの中を歩いていると、完成したての白革なめしのレザーが。大きな一枚革の状態で見ると、その白さがいっそう際立って映ります。

乾燥の工程が終わると、その後には革を叩いて柔らかくする“バイブレーション”、革の表面に熱を加えて艶を出す“アイロン”などの工程が続きますが、黒ヌメ&白革なめしの場合、これらの工程はいずれも行いません。革本来の風合いを最大限に活かすため、極力余計な手を入れずシンプルに仕上げる、という思想ゆえです。

「黒ヌメと白革なめしの両方に共通するのは、昔ながらの製法に基づいていること。現在主流のクロムなめしに比べると手間も時間も段違いにかかりますし、そのぶんコストも高くつきます。一見シンプルに見えますが、実はとても贅沢なレザーなのです。これで仕立てたスニーカー……私も履いてみたいなぁ」

そう話しながら、有本さんは目を細めていました。

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