THE SNEAKERS by SANYO YAMACHO
THE MAKING
“笑顔の工房”で生まれる
最高峰のジャパンスニーカー
日本のクラフツマンシップを結集して、史上最高のジャパンスニーカーを作る。そんな大目標を立てて動き出した私たちには、新しいパートナーが必要でした。革靴とはひと味違ったノウハウを必要とするスニーカー。そこで協業を依頼したのは、スニーカーと本格ドレス靴の双方に優れた知見と技をもつ稀有なシューメーカー「永代製作所」。そこは、糸一本までこだわり抜く職人魂と、靴作りを心から楽しむ笑顔に満ちた工房でした。
オーダーでカジュアル靴を手掛ける
実力派シューメーカーに製作を依頼
東京・白山で営む少人数の工房
東京・白山で営む
少人数の工房
得意とするのは
カジュアルな本格靴
東京十社のひとつ、白山神社をはじめとする多くの寺社がたたずみ、小石川植物園や六義園といった緑の名所にもほど近い文京区・白山。靴作りの拠点としては少々意外な場所に建つ永代製作所は、代表の宮澤良太さん、職人の石橋学さんの二人で営む小規模シューメーカーです。「EVERLASTING(エバーラスティング)」というブランド名でオリジナルシューズを展開し、オーダーメイド限定で販売、製作はすべて自社で行なっています。創業2014年と新進ですが、靴作りのノウハウは業界随一。というのも、宮澤さんは皇室御用達で知られる大塚製靴で長年キャリアを詰んだスペシャリストなのです。
「技術課というセクションに15年ほど勤務していました。パターンメイキングを専門としつつ、素材選びから木型設計、底付け、仕上げまで、靴作りの全工程に携わっていましたね」と当時を振り返る宮澤さん。本格ドレス靴のすべてを熟知していながら、独立後に主軸としたのはカジュアルシューズでした。
「シンプルに自分が心から欲しいと思える靴を形にしていったら、このようなラインナップになりました。実は大塚製靴時代から、カジュアルな靴も大好きだったのです。とはいえ、大人っぽさもある上質な一足を作りたい。そんな思いのもと立ち上げたのがエバーラスティングでした。Uチップや外羽根プレーントウといった革靴は『永代式グッドイヤーウェルト』という独自の製法で、そして今回のようなスニーカーは、サイドマッケイという製法で仕立てています。スニーカーというと、アッパーとソールを接着して製造するのが一般的ですが、ウチではすべて縫製で底付けしていますね」
そう説明する宮澤さんの表情は、まさに喜色満面。靴作りが楽しくて仕方ない! という様子がありありと伝わってきます。
「ビジネスの点からは悪癖なのでしょうが、ちょっとした箇所にもついこだわりたくなってしまうんです。靴作りを進めながら“あ、ここはもう少し工夫できるかも”と横道に逸れてしまったり……でも、ベストを尽くして靴作りに取り組めるのはとても幸せなことですね。今回のジャパンスニーカーも、全力投球で臨めるプロジェクトでした。相当な熱意をもってお話をいただいたので、結構攻めたことにも挑戦したんです。永代製作所のフルパワーを発揮できた一足ですね」と胸を張る宮澤さん。そのメイキングストーリーをここから追ってみましょう。
糸一本からこだわり抜く、
超本格派のスニーカー作り
日本人向け革靴の
ノウハウを凝縮した木型
ジャパンスニーカーで採用したラストがこちら。宮澤さんが長年のキャリアのなかで得たノウハウを凝縮し、日本人向けのフィット感を追求しています。
「前職で学んだ知識、そして独立後にお客様と接して得た情報をもとに作り込みました。設計思想を一言で表現するなら、“オールマイティ”でしょうか。ヒールカップを小さくするなど日本人の特徴的な足型をフォローしつつ、誰にでもフィットする中庸さも意識しています。また、ラストと合わせて型紙設計でも履き心地のよさを追求しました。小指の当たりなど、日本人に起こりがちなトラブルを解消できるように工夫を凝らしています」(宮澤さん)
アウトソールは
かなりの希少種
中底まで
レザー製
アウトソールはビブラム社製。独特な凹凸のパターンを備えたラバーはデコボコした地面を歩いても衝撃が分散され、疲れにくいのが特徴です。「実際に履くかどうかは別にして、ゴルフやウォーキングなどアクティブなシーンにも充分対応できるソールだと思います」と宮澤さん。また、カップインソールの下にレザーの中底を仕込んでいるのもポイント。履き込むにつれて足の形に沈み込み、フィット感がいっそう高まっていきます。
「一般的なスニーカーの中底はパルプやナイロンなどですが、レザーの中底を採用することでオールソール修理が可能になるのも大きなメリットですね。余談ですが、カップインソールを外して中底を見ると、ソールを縫製した糸をテープで留めているのがわかると思います(写真左)。このテープには“銅”を採用することで、消臭効果も狙いました」
膨大な数の
糸バリエーション
バラけにくい
撚糸で
耐久性アップ
永代製作所を訪ねて驚かされたのが、圧巻といえるほどにバリエーション豊かな糸。宮澤さんに話を聞くと、糸一本にまで宿る尋常でないこだわりが窺えました。
「糸というのは奥が深いもので、見た目はもちろんクオリティにも大きく影響します。製法や素材に合わせて最適な糸を使うことで、耐久性が断然変わってくるのです。今回のジャパンスニーカーでは、底付けに『ビニモMBT』という糸を採用しました(写真下左)。芯の部分にボンドを仕込んだ撚糸で、撚り合わせた先端がバラけにくいのが特徴です(写真下右。茶色が一般的な撚糸、白い糸がビニモBMT)。これによって変わってくるのが、糸の“締まり”。これがユルいと縫製した部分が切れやすくなり、底の剥がれに繋がってしまうのですが、糸締まりがしっかりしていると耐久性が上がり、長く履ける一足に仕上がるのです」
製作工程は本格ドレス靴そのもの
さて、ここからは製作の模様をご紹介。またしても驚くのは、スニーカーでありながら本格ドレスシューズと同様、職人の手仕事があらゆる工程に光っていること。革靴好きにとってはお馴染みの光景が随所に見られます。まず、アッパーに使う革の裁断から。ペンを片手に全体をくまなくチェックし、キズや筋などを避けて各部位を切り出していきます。
金属製の抜き型を革の上にセットし、専用の機械で裁断。これだけで結構な時間を必要とします。
一足一足、
たっぷり時間をかけて裁断
こちらが片足ぶんのパーツ。革靴に比べてシンプルな構成になっていますが、そのぶん裁断時は革を吟味し、キズや筋を慎重に避ける必要があります。
すべての革をミリ単位で
最適な厚みに調整
こちらは革の“厚み”を調整しているところ。裁断したすべてのパーツを入念に確認しながら、最適な厚さに漉いていきます。
「今回は白と黒のレザーを採用しているわけですが、同じ原皮でもなめし方が違うので柔らかさが違ってきますし、さらに言えば一枚一枚の個体差もあります。そのあたりの状態をよく見極めて、厚さを調整していく必要があります」(宮澤さん)
傍目にはほとんど見分けがつかないほどの微差ですが、これが完成時のクオリティに響いてくるのです。
立体構造を叶える特別な縫製を採用
ヒールカップの
縫製は
特殊な
ジグザグステッチで
吊り込み前でも
こんなに立体感が
ドレスシューズと大きく違うのは、アッパーの縫製。なかでもヒールの繋ぎ合わせ部分が独特です。
「縫製が終わったアッパーの、カカトの部分にご注目ください。まだラストへ吊り込んでいないにも関わらず、とても立体的に仕上がっていますよね? これによって、カカトのホールド感がいっそうアップするのです。型紙の時点で立体を意識しているわけですが、縫製もちょっと特殊です。二枚の革を重ねて縫うのではなく、断面をぴったり合わせた状態でジグザグにステッチをかけて繋いでいく。こうすることで複雑な立体を表現できるのです。千鳥ミシンという特殊な設備が必要なのですが、一般的な靴工房にはほとんどないと思いますね」(宮澤さん)
アッパーの縫製も
寸分の狂いなく
アッパーの縫製も極めて精緻。一枚一枚、手作業で下書きをし、寸分の狂いも許さずに縫い上げていきます。端のステッチはギリギリを攻めているあたりからも、永代製作所の技術力が窺えます。
吊り込みも時間をかけて丁寧に
トウ以外は
手吊り込みで製作
吊り込みにかける手間ひまもドレスシューズさながら。トウラスターでつま先部分を仕上げ、サイドやヒール部分は手仕事で吊り込んでいきます。“スニーカーでここまで革靴的な製法なの!?”と驚く方も多いのでは。
堅牢で修理も可能な
サイドマッケイ製法
回転するアームが
特徴の専用ミシン
職人技が光る
一針入魂の縫製
靴作りのハイライトといえる底付け。前述のとおり、ジャパンスニーカーは接着のみではなく、アウトソールを縫い合わせて製作しています。マッケイ製法に似ていますが、横からぐるりとステッチをかけるため“サイドマッケイ”とよばれ、海外では“オパンケ製法”とも称される製法です。
「やはり接着のみよりも縫い合わせたほうが堅牢に仕上がりますし、何よりオールソール修理が可能なのが利点ですね。履き潰すようなスニーカーではなく、上質な革靴のようにリペアしながら長い時間をともにできる一足になります。ちなみにサイドマッケイ用のミシンはちょっと変わっていて、アームを半月形に動かしながら縫い進められるようになっているんですよ」(宮澤さん)
かくして完成した、入魂のジャパンスニーカー。宮澤さんは今回のプロジェクトについてこう振り返ります。
「どこへ出しても胸を張れるクオリティに加えて、気持ちを込めて製作できたことが嬉しかったですね。素材選びからディテールまで、三陽山長さんと膝を突き合わせて作り込めたことがこの完成度に繋がったと感じています。少人数の工房で作った靴ですから、履いていただける方に僕たちの気持ちも伝わるんじゃないのかな、なんて期待していますね。作るのも楽しかったですが、履くのも楽しい。そんな一足に仕上がったと思っています」