TOP > 三陽山長 > FEATURE > 【ファッションエディターが見た「いい靴」作りの流儀】十一. “小さな工場”という大きな武器

ファッションエディターが見た
「いい靴」作りの流儀

十一.
“小さな工場”という
大きな武器

取材・文

編集者 小曽根 広光

靴箱の中は定番ブランドの定番モデルばかりという、かなりのコンサバ趣味。オーダー靴も何足か所有していますが、靴に詳しくない人が見たら“それってオーダーなの？”と訝るくらいベーシックなものばかり。イバリは効かないけれど飽きがこない。そんな靴が好みです。

当連載のために、ほぼ毎月のように三陽山長のファクトリーを訪れていた私。慚愧の念とともに告白しますと、取材のアポイント時間に遅れることが一度ならずありました。実をいうと、毎回近くまで来ては“場所はどこだったかな……”と探し回っていたのです。それくらい、三陽山長のファクトリーは浅草の街並みに馴染んでいます。言葉を選ばずにいえば、とても小さな工場なのです。

しかし、この“小ささ”がむしろ、靴作りにおいて大きな武器になっている。取材を重ねるうちに、私はそう実感しました。生産がすべてマニュアル化され、厳密なラインに沿って工程が進んでいく。そんな大規模工場は効率こそいいものの、臨機応変な対応が難しい。ほんの少し仕様を変更するだけで、現場を大幅に再編成しなければならない……なんてことも珍しくないのです。

その点、小さなファクトリーはフットワークが軽快。たとえば“今回使う革は吊り込みを少し強めにしたほうがよさそうですね”といった少々抽象的なリクエストを出しても、当意即妙で対応してくれる。少数精鋭ゆえそれぞれの職人たちが確かな技と感性をもっていることに加え、その能力を柔軟に応用できる靴作りの環境がある。これが“小さな工場”ならではのアドバンテージなのです。

そんな武器を最大限活用できるのが、三陽山長が直営店舗で常時展開している「パターンメイド」と銘打ったオーダーサービス。これ、初めてその詳細を聞いたときは大いに驚きました。

オーダーシューズには大別して３つの種類があります。既製靴をベースとし、アッパーの革やステッチの色などを変更できる「パターンオーダー(メイド・トゥ・オーダー)」。それに加え、既製の木型をカスタマイズすることでフィット感を追求できる「メイド・トゥ・メジャー」。そして、木型やデザインをゼロから考案する「ビスポーク」。注文の自由度とともに、価格もこの順で上がっていきます。既製靴ブランドが展開するオーダーサービスはほとんどがパターンオーダーで、メイド・トゥ・メジャーやビスポークはもともと手製の注文靴を主軸としている、ごく一部のブランドに限られます。

となると、その名前からしても三陽山長の「パターンメイド」はパターンオーダー……と思いきや、その自由度はメイド・トゥ・メジャー以上です。アッパーやソール、ウェルトの色など各所の素材は思いのままにカスタマイズ可能。そのうえ木型の補正を行う「甲乗せ」「幅張り」にも対応しています。さらに、“ベースのデザインはAがいいけれど、Bの意匠も取り入れたい”といった注文をすることもでき、既製靴ブランドのオーダーとしては破格のカスタマイズレンジを実現しているのです。

ちなみに、こちらが補正を入れた木型。甲や側面に黒い革が貼られているのがわかります。これが「甲乗せ」「幅張り」とよばれるカスタマイズ。甲高・幅広足の人の場合、つま先の収まりはちょうどいいのに甲や横幅がきついというケースがしばしばあります。かといってサイズ自体を上げると、なんだか足元が妙に大きくなってしまう……そんなお悩みを解消できるのが「甲乗せ」「幅張り」です。

プロセスはこのような感じ。まず採寸時、どの部分を広げるとジャストフィットになるかを店頭スタッフが入念に確認し、補正箇所を指定します。その画像を受け取ったファクトリーは、木型に紙を貼り付けて下書きを作成。それをもとに、「甲乗せ」「幅張り」に使う革を裁断するための型紙を作ります。

型紙をもとに革を裁断したら、木型にボンドで貼り付ければ完成。このカスタマイズ木型にアッパーを吊り込むことで、注文主の足にぴったりと合ったフォルムに仕上がるのです。

三陽山長のパターンメイドは、ディテールのカスタマイズ幅が広いのも特徴的。そのひとつが「ヤハズ仕立て」です。まるで日本刀の刃先のように、コバを三角形に尖らせて仕立てる日本靴ならではの意匠。靴のアウトラインがシャープに見え、全体的に研ぎ澄まされた印象を演出することができます。

ヤハズ仕立てを施すのは、専用のカッター。回転する刃を正面から見ると、ヤハズの形になっているのがわかります。ここにコバを当てて削っていくわけですが、少しでも歪みが出てしまうと台無し。繊細な職人技が要求されます。

そして極めつきは、すくい縫いをハンドソーンで行う「九分仕立て」。こちらは常時受付ではなく、三陽山長の各店舗で半期に一度開催している「パターンメイド受注会」の限定オプションとなりますが、手製靴に極めて近い仕立てを味わえる特別なメニューです。

湾曲した縫い針に松ヤニと油を塗り込んだ糸を通し、両側から針を挿し入れて縫い上げていく。グッドイヤーウェルト製法ならあっという間に完了するすくい縫いも、ハンドソーンだと両足で一時間以上かかります。

未熟な人が行うと何時間もかかってしまうハンドソーンですが、これを美しく、かつ早く行えるほど熟練の職人と称されます。正確さだけでなく、かなりの力仕事でもあるため、職人の目つきは極めて真剣です。ここまで幅広いオーダーに対応できるのも、小さな工場の強みゆえ。「いい靴」作りに“大は小を兼ねる”という言葉はないのだなと実感させられました。

さて、一年にわたってお送りしてきた当連載も、いよいよ来月でラスト。最終回は、いい靴をより長く愛用するためのリペアについてご紹介します。最後までお見逃しなく !