

革靴偏愛エディター×三陽山長で作る
「次世代のオンオフ兼用靴」
一.
新木型から作る
超本気の別注企画が始動!
卓越した技術と実直さ、そして柔軟な靴作りを武器とする三陽山長に、革靴なしには生きられないエディター・小曽根が“理想の一足”を別注する新プロジェクトがスタート! その製作秘話を、連載形式でお伝えします。第一回は、小曽根が思い描くアイデアを三陽山長チームにぶつけてデザインを構想する模様をお届け。目指したのは、ローファーでもモンクストラップでもない“次世代のオンオフ兼用靴”でした。

取材・文
取材・文
編集者 小曽根 広光
編集者 小曽根 広光
1984年生まれ。2007年に雑誌「Men's Ex」へ配属後、本格靴を含むクラシックファッションを一貫して担当。新人時代、編集部にカンヅメになって作った「本格靴のディテール100連発」(スキンステッチなど代表的なものから、“月形芯”のような専門的な部材まで、革靴のあらゆる見どころを解説する企画)が今でもトラウマ……もとい財産になっています。
三陽山長の“いい靴作り”を一年間追って感じたこと
三陽山長の“いい靴作り”を
一年間追って感じたこと
昨年春から一年間、三陽山長のファクトリーに通い詰めて、“いい靴”を作ることにかけての情熱をみっちりと取材してきました。職人たちの技術力、そしてひたむきな情熱に何度となく感銘を受けるなかで、私の胸中にはある予感が育っていきました。
「この技と感性をもってすれば、自分がかねて思い描いていた“理想の靴”を具現化できるのでは……」
連載も終盤にさしかかろうとしていたタイミングで、そんな思いの丈を三陽山長に打ち明けたところ、「その理想、いっしょに叶えましょう!」と嬉しい返事が。突如訪れた好機に心を躍らせながら、今年6月の発売を目指して目下、ブランドとガッツリ膝を突き合わせて開発に取り組んでいます。で、せっかくならばその過程もお伝えしたい! と願い出て、今回からそのメイキングストーリーをお届けすることにしました。ぜひお付き合いいただければ幸いです。
私の一軍シューズと“理想の靴”のイメージ
私の一軍シューズと
“理想の靴”のイメージ


掛け値なしに365日、革靴を履き続けている私。スーツを着るときはストレートチップかパンチドキャップトウ(ちなみに写真の黒ストは三陽山長の「友也」です)、ジャケパン〜カジュアルではコインローファーを履き、ウォッシュドジーンズなど特にカジュアル度が高い服装のときには、スニーカー的位置づけでマウンテンシューズを合わせる……という感じで日々過ごしています。
ご覧のとおり靴の趣味はかなりコンサバ寄りで、それゆえに飽きもこず愛用しているのですが、そんな生活を長年続けていると、時にはマンネリを感じることも。今、自分のシューズ・ラインナップに足りないものってなんだろう……? そう考えを巡らせた結果、思い当たったのが“オンオフ兼用”という立ち位置の靴でした。スーツからジーンズまでマッチし、オンスタイルに合わせれば足元のヒネリとして、オフスタイルに合わせれば装いの格上げ役として機能する一足があれば、ワードローブがグッと新鮮になるのでは……折に触れて、そう感じていました。
いっぽう世の中を見ても、今、売れている靴は多くがオンオフ兼用の顔つき。ドレスローファーやモンクストラップなどがその代表例ですが、正直、ちょっと食傷ぎみじゃありませんか? それらとは違う方向性で“次世代のオンオフ兼用靴”を形にできたら、私の自己満足に終わらず、革靴好きの皆様に広く喜んでいただけるはず!……そんな思いが当プロジェクトの出発点でした。
今、気になるのは“オールド・イタリア”
今、気になるのは
“オールド・イタリア”

(写真/Getty Images)
さて、目指すゴールは定まったものの、具体的にどんな靴を製作しようか……思案を重ねながらリサーチをしていたところ、目に留まったのが上の写真でした。イタリアを代表する名優にして、不世出のウェルドレッサーとしても知られるマルチェロ・マストロヤンニを写した一枚です。
仕立てのいいダブルブレストのジャケットに細身のドットタイをキュッと小さく結び、しっかり裾幅のあるトラウザーズ。クラシック・エレガンスのお手本ともいえる装いですが、その足元が新鮮でした。今の感覚なら内羽根のドレス靴か、逆にカジュアルなウイングチップなどを合わせそうなところですが、彼が選んでいるのは外羽根のセミブローグ。ドレッシーすぎず、かといってカジュアルすぎないこの合わせがとても洒脱に映りました(もっとも、エレガントな装いに外羽根靴を合わせるのはマストロヤンニ特有というわけではなく、昔の写真にはスーツに外羽根靴という装いがしばしば見られます。昔の装いって、想像よりもずっと自由だったのですね)。マストロヤンニのスタイルとは離れますが、この靴、リラックスしたジーンズに合わせたりしても素敵じゃないでしょうか?
ローマのマリーニ、フィレンツェのマンテラッシ、フランスのベルルッティなど、各地の名靴を愛用していたことで知られるマストロヤンニ。写真の一足がどこのものかは判然としませんが、私が理想としていた次世代のオンオフ兼用靴はまさにこんなイメージ。よし、テーマは“オールド・イタリア”だ! と閃いたのでした。
目指す理想は“カジュアルにも合うスクエアトウ”
目指す理想は
“カジュアルにも合うスクエアトウ”


そんなイメージを引っさげて、三陽山長の商品企画チームを訪ねた私。ブランドの公式YouTubeでもお馴染みの濱田さん(写真右)は、近年好評の上級ライン、「匠」や「極」シリーズを開発したベテランで、昨年から企画チームに加わった上村さん(写真左)は自身で靴の製作もできるスペシャリストです。
「イタリア靴というと、今なら細身&ロングノーズの艶っぽい靴、あるいはもう少し前の世代なら、ノルヴェジェーゼ製法の戦車みたいな靴を思い浮かべますけれど、本来はもっと朴訥としていて、独特の力強さを宿しているのが真骨頂ですよね。目下、既製靴ブランドではそういったムードを継承している靴ってほとんど見られませんが、それを表現できたら新鮮だと思うんです」
そう息巻く私に、濱田さんからはこんな言葉が。
「なるほど……イメージはよくわかりました。おっしゃるようなオールド・イタリア的イメージを表現するには、木型のフォルムがキモですね。アッパーのデザインだけ真似しても、なかなかムードが出ないと思います。やはり、木型から開発を行う必要がありますね」
……アレ、もしかして私、結構な無茶振りをしてますか? 木型の開発って、コストもかなりかさむのでは……
「まぁ、相応の投資は必要ですが、思い切ってやってみましょう。三陽山長はもともと、英国靴のスタイルを規範として誕生したブランドです。イタリアという文脈はこれまでなかっただけに、今後の新しいスタイルへ繋がるかもしれませんから」
そんな心強い言葉に感激しつつ、ならばと遠慮なくリクエストを続ける私。
「お見せした写真でマストロヤンニが履いているのはラウンドトウの靴ですが、実は今回、スクエアトウのモデルを開発したいなと思っているんです。スクエア=ドレスシューズというイメージがありますが、オールド・イタリアなムードで作ればカジュアルにもハマるんじゃないかなと。それに個性も際立ちますしね」
「であればまず、三陽山長が現在展開しているスクエアトウ木型を見てみましょうか」そう言って濱田さんは、いくつかのアーカイブを持ち出してきてくれました。
三陽山長が展開するスクエアトウラストは2種類
三陽山長が展開する
スクエアトウラストは2種類


現在、ブランドが展開しているスクエアトウラストは「R309(写真奥の2足)」と「R3010(写真手前側の2足)」の2種類。前者はシャープな細身のフォルムが特徴的で、よりドレス感が強い顔つき。後者は三陽山長のマスターラスト「R2010」と「R309」を融合した木型で、こちらはややボリューム感も備えているのが特徴です。
「オールド・イタリアなイメージを表現するなら、『R3010』を起点としてラストを開発していったほうがいいかもしれませんね。ポイントは、つま先の”幅”だと思います。ここをやや広めにとることで、スクエアトウでもシャープになりすぎず、素朴で力強い雰囲気が出てきます。それからノーズの長さも吟味する必要がありますね。トウにボリュームが出てくるので、あまりに寸詰まりだと不恰好。かといってロングノーズすぎてもイメージと離れてしまいます。なかなか微妙なバランスですね」
と話すのは上村さん。かつては自ら靴作りを行い、今も自宅にはミシンが鎮座しているというだけあり、非常に的確なアドバイスです。……話を聞くと、改めて難しいリクエストをしているなと実感。少々後ろめたさを感じつつ、実はもうひとつ考えていることが……
“穴大きめ”のパーフォレーションも新鮮

マストロヤンニの靴を見たとき新鮮に感じたポイントは、トウに施されたパーフォレーションにもありました。これは昔ながらの靴全般にいえることですが、ドレス靴にもかかわらず穴ひとつひとつの大きさが比較的大ぶり。この表情が、素朴さや力強さに大きく貢献しているように感じます。今回の靴でも、ぜひ取り入れたい意匠でした。
「であれば、カントリーシューズなどに採用しているサイズのパーフォレーションをあしらってみましょうか。三陽山長では通常、ドレスシューズのパーフォレーションは小さく端正に仕上げていますが(写真左)、カントリー系ならこれくらい(写真右)大きくなります。印象もかなり変わると思いますよ」と濱田さん。うん、これならバッチリです!
3タイプのデザインで新モデルを製作決定!
3タイプのデザインで
新モデルを製作決定!


とりあえず言いたい放題を伝えて帰路についた私。そして約1か月が経ったころ、「絵型が完成しました!」と連絡が。浮き足だってオフィスへ向かうと、見事なデザイン画が出来上がっていました。
お伝えし忘れていましたが、デザインをどうするか悩んでいた私に、濱田さんから「せっかくなので、やりたい靴は全部カタチにしてみましょう!」と嬉しいご提案をいただきました。で、今回は欲張って新型を3種類も製作することに。
上のモデルは、マストロヤンニの写真に最も近いイメージ。あえてパンチドキャップトウではなくセミブローグにして、カジュアルにも振りやすくしてみました。左下は、オフィサーシューズ感覚で履ける一足をイメージした3アイレットの外羽根プレーントウ。デザインとしてはよく見る形ですが、オールド・イタリアなスクエアトウとの掛け合わせでかなり新鮮になるのでは、と予感しています。右下は、フィレンツェ風なUチップ。エプロンが小さく、つまみ縫いのスプリットトウが入る剛健さが魅力です。3足のなかでは一番クラシコムードな一足かもしれません。
方向性が定まったところで、サンプルシューズの製作に着手。さて、想像どおりの一足に仕上がるのでしょうか? その結果は、次回お伝えいたします!
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