手間を惜しまないこと。
その積み重ねが進化を生む
小説家
金原ひとみ
HITOMI KANEHARA
人の心の機微を繊細に描き、多くの読者を魅了してきた小説家・金原ひとみさん。創作を重ねるなかで大切にしてきたことや、ものや文化が受け継がれることへの考えを語る、その言葉から見えてきたのは、ものづくりに向き合う真摯な姿勢だった。
- 金原さんにとって、コートとはどんな存在ですか?
- コートは服の中でも一番面積が大きいものなので、自分がどうありたいかという理想を一番表現しやすい存在だと思っています。若い頃は毎年何枚か新しいコートを買っていました。でも年齢を重ねるにつれて、「去年は買わなかったな」「今年も買わなかったかも」ということが増えてきたんです。それは、自分のビジョンや居場所が少しずつ見えてきたからかもしれません。気に入ったコートが何着かあれば、どこへでも行ける。そんなふうに思えるようになりました。
- 今回ご着用いただいたコートはいかがでしたか?
- トレンチコートは寒い時期には少し物足りないイメージがあったんですが、このコートは本当に暖かくて驚きました。かなり寒い日でも十分着られると思います。着ていて印象的だったのは、気持ちまで引き締まるような感覚があったことです。適当な気持ちでは着られないというか、自分自身も整えないとこのコートに見合わないような、規律正しい感じがしました。しっかりしたつくりで重さがありますが、着てみると軽やかで。体に自然に沿うようにつくられているから、重さを感じにくいんですね。リュックも体にフィットすると疲れにくいと言いますが、それと似ている感覚。「ずっと着ていても疲れないコート」を追求してつくられていると聞いて納得しました。
- 100年コートは「世代を超えて着られる」ことを目指しています。長く受け継がれていくものには、どんな価値があると思いますか?
- 長い時間をかけて一つのジャンルとして確立していくことに重みがありますよね。例えばトレンチコートと聞けば、多くの人が同じような形を思い浮かべるじゃないですか。小説も同じです。新しいジャンルが生まれ、多くの書き手と読み手によって育てられながら、そのジャンル自体が進化していく。ジャンルとして確立されると、それを作る人も、楽しむ人も増えていきます。その積み重ねによって少しずつ磨かれ、洗練されていく。その結果として、国や文化を超えてたくさんの人々に愛されるものになるのだと思います。
- 次の世代やお子さんに引き継ぎたいものはありますか?
- まあ、持っていけるものは何でも持っていけっていう気持ちですね(笑)。子どもには好きに生きていってほしいと思ってますけど、その中でこれを盗めるなとか、これは自分にも合いそうだって思えるようなものがあったら、引き継いでいってくれたらと思います。
- 今回特別企画として、芥川龍之介の「芸術の域に停滞と云う事はない。進歩しなければ必退歩するのだ。」をSANYOCOATに合う言葉としてセレクトしていただきました。
- 芥川の言葉は本当に隙がなくて、文章そのものが美しいですよね。「停滞と云う事はない」という言葉には、身が引き締まる思いです。時代は動き続けているから、止まっているとは退歩しているということ。前に進む以外の道がないという厳しさがあります。その厳しさは、常に進化しているSANYOCOATさんも商品に対して持ち続けているものなので、ぴったりな言葉だと感じて選びました。
- さらに、100年コートに合う言葉として選んでいただいたのが「打ち下ろすハンマアのリズムを聞け。あのリズムの存する限り、藝術は永遠に滅びないであろう。」です。
-
SANYOCOATさんのコート専業工場(※)のように、技や心がきちんと受け継がれていく、そうした意識にさせてくれる言葉です。いろいろなことがロボットや AIに変わっていく中で、「これだけはハンマーじゃないとできない」っていうものは残っていくと思うし、小説もまだAIには任せられないので、背筋が伸びる言葉だなと、選ばせてもらいました。永遠に滅びないで欲しい、継承したい、と思われるジャンルであり続けてほしいです。
※SANYOCOATの縫製を手がける「サンヨーソーイング 青森ファクトリー」のこと。
- 生活や仕事において、こだわっていることはありますか?
- 「こだわりがない」ことが、こだわりですね。「自分はこう」と決めずに、状況に合わせてフレキシブルに変わっていける流動的な存在でありたいと思っています。形を変えつつ、でも精神は貫いて、というバランス感覚をちょっとずつ手に入れてきたような気がしています。
- 変化を続けるなかで、変えずに貫いていきたいことを教えてください。
- 「手間を惜しまない」ということです。長く小説を書いていると技術が身についてくるので、大体のシーンは力を入れずさらっと書けてしまうようになる。でも、小説にはあまり目立たないけれど、丁寧に向き合わなければいけない柱のような場面があるんです。そこをさらっと済ませてしまうと作品の根幹が崩れてしまう。そこにちゃんと思考と時間を使うように気をつけています。力を入れるべき場所とカタルシスを得たい場所の力の使い分けは、今も自分の課題です。
金原ひとみ/小説家
1983年、東京都生まれ。11歳で小説を書き始め、2003年『蛇にピアス』ですばる文学賞を受賞しデビュー。翌2004年、同作で芥川賞を受賞。現代社会を生きる人々の孤独や欲望、家族、ジェンダーなどを鋭く描き続け、国内外で高い評価を受ける。2021年『アンソーシャル ディスタンス』で谷崎潤一郎賞、2022年『ミーツ・ザ・ワールド』で柴田錬三郎賞、2025年『YABUNONAKA―ヤブノナカ―』で毎日出版文化賞など、数々の文学賞を受賞し、現在も精力的に執筆を続けている。