時を経て
長く寄り添うものにこそ、
美学が宿っていく。

ヴァイオリニスト・作曲家

葉加瀬太郎

TARO HAKASE

葉加瀬太郎

世界で活躍するヴァイオリニスト・葉加瀬太郎さん。身の回りには、長年愛用してきたファッションアイテムや200年以上の時を刻むヴァイオリンなど、時間を重ねてきたものが数多くあるという。ものと共に人生を楽しむ葉加瀬さんに、その美学を聞いた。

トレンチコートにはどんな魅力を感じますか?
高校生の頃から好きで着ています。もともとは軍服として生まれた服ですが、100年以上の時を経て、今では若い女性も「かわいい」と着こなす。その変化も面白いですよね。一方で本格的なトレンチコートには、長い歴史の中で積み重ねられてきた伝統があるから、簡単にはアレンジできないという側面もあります。男は、そういう背景も含めて理屈で服を着るんですよ(笑)。だからトレンチコートに惹かれるんでしょうね。
楽器や洋服など、世代を超えて親しまれる名品を多くお持ちだと思います。
義理の父から譲り受けたコートも大切に持っていますし、自分が長年着てきたコートも、息子が着たいと言うなら喜んで譲りたいと思っています。僕が愛用しているヴァイオリンは、200〜300年前につくられたものなんですが、弾くのはもちろん眺めているだけでもゾクゾクします。古いヴァイオリンなので、何人もの演奏家の手を渡り歩いてきたわけで、僕も一時的に弾かせてもらっているという感覚。いつかまた次の誰かへ受け継がれて、その歴史が繋がり、つくった人の魂が何百年も残る。それは奇跡的なことだなと。ヴァイオリンの場合、時を経てもそれが歌うというところが感動的だなと思います。
葉加瀬太郎
使う人に寄り添って、一緒に物語を紡いでいくということですよね。
そうですね。今日履いている靴も20年ほど前に買ったものですが、自分で手入れをしながら少しずつ育ててきました。最初の1、2年は痛くて仕方がなかった(笑)。でも時間をかけてようやく自分の足になじみ、本当の意味で自分の靴になってきたんです。このヴァイオリンケースも、もう20年ぐらい使っているもの。イタリアのメーカーによるハンドメイドで、革部分は全部バックスキンなんです。今は扱いやすいカーボンのケースが主流なので、木製で革張りのケースっていうのはかなりオールドスタイルなんですが、今日みたいな服装の日に持ちたいのはこういうケース。使い込むことでしか出せない表情がある、そういうものには自然と愛着が湧いてきます。このトレンチコートも、まさにそういう種類の服なので、少しずつ体になじませていきたいですね。袖口なんか少し擦り切れてきて初めてかっこいいからね(笑)
葉加瀬太郎
長く愛されるものづくりは、音楽にも通じると思います。
「曲を書くうえで一番大切にしていることは?」と聞かれたとき、僕はいつも「締め切り」と答えるんです(笑)。仕事として音楽をつくる以上、依頼してくださる方がいて、その期待に応えなければいけない。一方で、自分自身が今いちばん興味があることにも挑戦したい。その両方をどう成立させるかが、毎回のテーマです。コンサートはお祭りだと思っていて、あの2、3時間だけは日常を忘れて思いきり楽しんでいただきたい。でも、本当の音楽は終演後に始まるとも思っています。ある日、ふと「あの曲よかったな」と思い出す瞬間がある。そのとき人は頭の中で音楽を鳴らしているんです。実際には音は鳴っていないのに、記憶の中では生き続けている。それが音楽の不思議であり、一番面白いところだと思います。
葉加瀬太郎
装うことも、人生を楽しむことの一つでしょうか。
そう思います。どうせ毎日服を着るんですから、こだわったほうが楽しいじゃないですか。ロングコートは歩いたときの裾の揺れ方まで美しい。ボタンを外して、ベルトを後ろで結び、少し早足で歩く。誰かに見られているかどうかではなく、自分自身が気持ちいいんです。そんな小さな楽しみが、毎日を少し豊かにしてくれる気がします。
ご自身の軸となるような、譲れない信念があればお聞かせください。
「後悔のないように、思いついたらやる」、それに尽きます。「あとでいいか」と思って見送ったことは、その瞬間を逃したら二度と戻ってこない。会いたい人がいるなら会いに行く。やってみたいことがあるならやってみる。もちろん思いどおりにならないこともありますが、そういう意識を持って生きていきたいと思っています。人生は1回ですからね。だからこそ、自分自身が毎日を楽しむこと。そして自分の大切な人が、自分以上に楽しんでくれたら、それ以上に幸せなことはないと思っています。

葉加瀬太郎/ヴァイオリニスト・作曲家
1968年、大阪府生まれ。4歳よりヴァイオリンを始める。東京藝術大学在学中より演奏活動を開始し、クラシックにとどまらない音楽表現を志向する。1990年に「KRYZLER & KOMPANY」のヴァイオリニストとしてデビュー。その後ソロアーティストとして活動の幅を広げ、国内外でのコンサートツアーを継続的に行うほか、作曲家として映画やテレビ番組などへの楽曲提供も多数手がける。常に新しい挑戦を続け、ジャンルを横断する独自の音楽活動を展開している。代表曲に『情熱大陸』など。

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