花犀 /
フラワーアーティスト
東京を拠点にするフラワーアーティスト。東信氏に師事後、独立。濱太洋とのフラワーアートユニットIrve(イーヴル)を経て、現在は花犀(HANAPSY)名義で活動を開始。またその傍らで音楽活動も行っている
花屋の文脈を持たない花仕事
「なぜお花?
と聞かれることがありますがそれは本当に申し訳ないくらい、たまたまでして」。現在フラワーアーティストとして活動している松本さんは自分の将来がこうなるとは全く予想もしていませんでした。好きで続けてきたものは音楽、しかしその先にあったものはまさかの花の道。偶然のような巡り合わせですが、松本さんの話を聞いていると花と音楽はとても近い感覚の存在なのかもしれないと感じました。まずはその入り口から。
「師匠にあたる東さんとは展示会や個展などを通じて親交がありました。そのころは音楽だけで食べていけずバイトしながらの音楽活動。それならうちで働けば? と声をかけてもらったのがきっかけです。お花はまぁ綺麗だしいいかな、くらいの軽い気持ちで入ってやってみたら、どう頑張ってもうまく作れなくて。今までいろいろなことにチャレンジしてきて、何となくでも形にしてきた自負もあったので、どちらかと言うと器用貧乏なタイプの人間だと思っていたんですよね」。
なぜできないのだろう。このできないことをきっかけに松本さんは花へ没頭していくことになります。さらにもうひとつ、きっかけとなる大きな体験がありました。
「薔薇とガーベラくらいしか知らない素人の自分が、入っていきなり仕事として海外へ行くことになりました。作業内容をイチから教わるわけではなく、海外で市場の人やお客様と触れ合いながらお花に関する知識を身につけていく、そういう育て方だったんです。いわゆる一般的な花屋の文脈にはないであろう教育だと思います。何者でもない新人にお金をかけてお花と向き合う環境を用意して経験を積ませるなんて、普通はないですよね」。
貴重な体験を経た松本さんは、そんな師匠の姿から粋らしさを感じ取り今でもその精神を大切にしています。その後は独立を選択、個人での活動を開始します。
日常にあるけれど
現実的ではない感覚
松本さんは師匠の姿勢を受け継ぎ、同時に自身が進むべき道についても考えを巡らせます。花が持つ可能性で何ができるのか。自分の過去を振り返り、熟考の末導き出したものは音楽と共通する感覚でした。
「お花は生活において必需品ではないので、なくても生きていけます。僕の記憶の中でもいつも自分の家にあるものではなくお金を出して行くような場所にあるものだったのでそれも関係していると思いますが、日常だけど現実的じゃないものという感覚があって。この感覚をどうやって表現していくかを大事にしています。音楽ではクラシカルなものとエレクトリックなものが混ざった存在だったりノイズのような異物感が入ってくる感じが好きなので、それに近いのかもしれません。やかましいだけの音楽もあれば人生を変えてしまうほどの音楽があるように、お花も気に留まらなければ大した評価を受けられず、ぞんざいに扱われる対象です。プロが手を加えるなら感動だったり、ドラマチックに演出する物語性が必要なんだと思います。あと普通に作るだけでは自分も面白くないので。お花一輪を生けるにしてもいろいろなやり方があります。まだまだ勉強中なのでその可能性を試していきたいですね。一般的なお花屋さんができることに加えて、異物を取り込める存在でありたいと思います。お花業界における今の自分の立ち位置もそこにある気がしているので」。
ものではなく
その先にいる人と向き合う
ご本人は肩書きについて全く気にしていないとのことですが、もしかするとアーティストという肩書きはその人の本質をわかりづらくしてしまう表現を含んでいるのかもしれません。松本さんは芸術家でも作家でもなく、花を仕事にするひとりの職人としてその先を見ています。
「お花に触れること自体はもちろん楽しいですが、お花の先にはそれを見る人がいます。自分が作ったものを見て喜んでもらえる構図があります。なので部屋にこもって自分が納得できる作品を作っている感覚はないです。僕がやりたいことはお花を身近に感じてもらえることで、そこに音楽を絡めていけたらなおのこと良い。お花業界ってどこか煌びやかに見えますよね。アート作品もありますし、何十万円、何百万円にもなってコレクションされていたりします。でもこの業界にも地に足つけてやっている職人感というものがちゃんとあって、僕もそうでありたいと思います。依頼主であるクライアントに対して応えることは大前提でさらに先をいく、ひとつ進んだサービスもしていきたいです。たまに無理難題な依頼もありますけどそれにもしっかりと応えていく(笑)。今はまだ僕ひとりで会社も立ち上げたばかりですが、仮に人が増えてもそういうことを大切にできる集団でありたいですね」。
鋏と花。必要最小限から生み出される表現は、無数にある選択肢の中から松本さんならではの意匠によって導かれる最良なのだと思います。繊細かつ緻密に、そして同時にご本人曰く「ノイズのような異物感」が埋めこまれていく花はあくまでも男性的な視点から組み換えられ、本来の表情とも言える女性的な印象を新しくします。
「弦六郎」というシューズは、トゥキャップとバンプ間にある一文字の切り替え部分とアイレット横部分それぞれにパーフォレーションと呼ばれる穴飾りを施したモデルです。この穴の大小から配置の間隔、数に至るまでは、全て職人の高い技術力によって支えられています。その結果、質実剛健なレザーシューズの本質を決して変えることなく、皆様が知っているいつもの革靴の表情より、少しだけエレガント。手の内はシンプルなものです。何を、どこに、どのように。しかし本当に必要なものはシンプルでいることで徐々に輪郭を表すのかもしれません。そうやって今までもこれからも、誰かのために最良の図式を脳裏に描き続けていきます。