ハドソン靴店 /
企画・パタンナー
靴職人の佐藤正利氏が横浜市松本商店街で開業したハドソン靴店に2年ほど前、靴メーカーから転職して参加。二代目店主の村上塁とともに一足一足を自らの手で丁寧に修繕、利用者は国内のみならず国外からの依頼も絶えない
靴業界や職人たちの未来のために
秋好さんは現在靴修理を専門的に行うハドソン靴店に身を置かれている靴職人です。しかし過去に靴修理業の職歴はなく、また靴修理のためだけにいるわけでもありません。専門学校時代の同期生でありハドソン靴店二代目店主で底付師の村上さんと一緒に、これからを切り拓くための勝負をしにここへやってきました。
「僕は靴メーカーで製造、村上はビスポークといった具合に今まで違う土壌で別々に経験を積んできましたが、村上がオリジナルのブランドをやるから一緒にどうかと声をかけてくれて。と言ってもブランドが急に動き出すわけでもなかったので最初は修理のほうもやりながらという形で合流しました」。靴修理店によるオリジナルブランド展開。そこには自らも職人であるが故の心情が込められています。
「どこもそうだと思いますがこの業界も苦境に立たされています。労働環境に関しては一般企業に比べて下回っている実態が少なからずあり、職人たちは低賃金で仕事しなければならず工賃の見直しなども考えなければなりません。また次世代の育成も必要ですが現役職人たちの感覚と若い世代の感覚の間にギャップがあったり技術がうまく継承されていなかったりもします。こういった状況の中、この業界で働く人間が少しでも気持ち良く仕事できるような土台作りをしていきたいという思いがありました。またオリジナルブランド以外でもいろいろなことをやりたいと考えています。現在うちが革の加工を受け持ち、文房具メーカーさんとのダブルネーム企画を動かしていますが、視点を少し変えればそうしたシナジーも生まれるので、まだまだ新たな道を模索できると感じています」。
秋好さんたちによる新ブランドはセミオーダーによる革靴。ビスポークではどうしても費用も時間もかかってしまうことや今欲しいと希望されるお客様が多いことに対して、フィッティングサンプルを通常よりも増やし男女問わず広範囲かつクイックに対応できる体制を整えます。
作ることより直すことのほうが難しい
オリジナルブランドの始動や業界の改善に臨む秋好さんですが、ハドソン靴店での靴修理に対しても当然職人として熱意を持って取り組んでいます。
「製造と修理で比較した場合、修理のほうが難しいんです。なぜかと言うと既製品で代替が利くものならまだしも、すでに販売を終えているものもあるので失敗できないのが大前提になるからです。さらにお客様の履き癖などもついているので同じ靴でも履く人が変われば全くの別物。その人ごとに異なる作業が必要なのでビスポークのような性質でもあります。ハドソン靴店では修理を行うにあたって“直してもすぐに履けなくなってしまうものは修理として認めない”“修理によって履き心地が崩れてはいけない”ということを大切な指針として共有しています。その上で、やはり一番大事なのはお客様の思い出にいかに沿えるか。その靴に求めていることを聞かせてもらい、どうすれば満足してもらえるのかを芯に置いて応えるようにしています」。
静かなる熱狂の重なり
ここハドソン靴店にある道具は全国のお客様のあらゆる要望に応えていくために取捨選択を繰り返して残った選りすぐり。それでも未だ店内を埋め尽くす勢いで点在している物量に驚きましたが、そんな様子について秋好さんは「正直かなりマニアックなお店だと思っています」と客観視しながら微笑みます。中でもインク類は試行錯誤の末に完成させたオリジナル製品で、いろいろな種類を実際に試し続けて理想へと近づけていったそうです。
「村上が特にこだわっていて、インク次第で靴のコバがプラスチックのような表情になってしまうので納得がいくものを自分たちで作りました。ここにあるインクはほとんどプロユースですが、これとは別に家庭で使いやすいコバ処理用の液体をオリジナル製品としても販売します」。
インク以外にも靴底で使用する革の種類はコンマ数ミリ単位で用意されていて、素材や厚みによって細かい段を作り天井近くまで積み上げられていました。効率化も考えながら、右から左へ綺麗なグラデーションを描いています。
「修理に関してクイックにはクイックの良さがあるとは思います。ではなぜここまでするのかと言うと、それでは満足できなかったり他のお店で断られてしまったものをどうしても直したいというお客様の気持ちに応えるためです。大変ですが手作業によって丁寧に修理した靴の魅力が徐々に認知されていると思うと嬉しいですね。なので今後もさらに可能性を広げていく動きをしていけたらと思っています」。
ハドソン靴店に託される作業は靴の修復ですが、その行為は靴自体に対してだけではなくお客様が持つ思い出の修復を目的としています。現在は使われていない初代店主時代の木型を見て、忘れることのない初心が刻まれているように感じました。そして今後も機械に頼ることなく、創意工夫を凝らした道具によるハンドメイドで新たな形を作り上げていくことが楽しみで仕方ありません。
つま先に羽のような穴飾りを施した革靴はフルブローグ、またはウィングチップと呼ばれ多くの人から愛されているモデルです。この「鷲六郎」もまた、労働靴を由来とする重厚さや内羽根式の洗練さに合わせた職人の細やかな気配りが冴え渡ります。シューズ先端部に配されたメダリオン、切り返しのパーフォレーションや革の断面を波形に切るピンキングなど、全体に対して緻密な技巧を取り入れることで華やかながらもトゲのない印象に仕上げています。