「文藝春秋」の100年を背負う男が着る
「100年コート」のプライド

新谷学 MANABU SHINTANI(編集者)
テキスト:山下英介

新谷学 KEN MITSUISHI

〝文春砲〟の生みの親として数え切れないほどの社会現象的スクープを仕掛け、政界や芸能界から最も畏れられた編集者、新谷学さん。しかし何者にもひるまないその鋭い視線も、ファッションを語るときだけは緩やかにほころぶ。実は新谷さんは、学生時代にブルックス ブラザーズで働いていたというほどの、筋金入りのトラッドファッション愛好家なのである。そんな彼にとってトレンチコートとは、どんな存在なのだろう?

――今日はご多忙の中お越しいただきありがとうございます! 

今日はとある文学賞の授賞式に出席するんですが、「100年コート」を着る機会ということで合間を縫って、楽しみにして来ました。実は私が今年の6月まで編集長を務めてきた月刊「文藝春秋」が、今年で創刊100周年を迎えているんです。100年つながりということで、なんだかご縁を感じまして。

それはおめでとうございます! SANYO COATも「文藝春秋」さんのように、世代を超えて受け継がれるコートづくりを目指しています。

あえて忌憚のない意見を言わせてもらうと、コートって新品のときが一番格好悪い服なんですよね。やっぱり着込んで、からだになじんで、シワが入ったり袖が擦り切れてからが勝負ですよ。私は学生時代にブルックスブラザーズでアルバイトしていたんですが、コートだけはあえて袖を長めにして、擦り切れたら直しながら着ていくのが格好いいんだということを、先輩に教わりました。今日私が着たコートも、そういうふうに作られていますね。

さすがですね(笑)。素材や仕立てもさることながら、私たちのコートは「100年オーナープラン」を設けていまして、末長く愛用していただけるお手伝いもさせてもらっているんです。でも、新谷さんはトラッド愛好家ですし、トレンチコートは今までたくさん着てこられたのでは?

いや、実はトレンチコートに関しては着たことがないんですよ。どちらかというとステンカラー派でして。ダブルブレストのスーツもそうですが、自分にとっては〝荷が重い〟服だなっていう思い込みもあって、長年手が出せなかったんです。『サムライ』のアラン・ドロンや、『マルタの鷹』のハンフリー・ボガードのような〝大人の二枚目〟というイメージが強いじゃないですか。

――それは意外ですね! 

私は映画『仁義なき戦い』が大好きなんですが、シリーズ屈指の名場面が『仁義なき戦い 頂上作戦』のラスト。手錠をかけられた小林旭演じる武田明が肩から羽織っていたのがトレンチコートだったんです(笑)。彼が去っていく後ろ姿は、これぞハードボイルドですよ! そんな男たちのトレンチコート姿への憧れが強すぎたからこそ、まだ自分には早い、トレンチコートのインパクトが強烈な分、コスプレになってしまうと思っていたんですよね。

――――新谷さんの存在感は、もはやトレンチコートに全然負けていませんよ!

いやいや(笑)。ただ、よく考えたら『ルパン三世』の銭形警部もトレンチコートだったし、ああいう抜け感のある着方をすればいいかな、とも思いますが。私は今年の7月から編集の現場を離れて、「文藝春秋」にくわえて、「週刊文春」「文春オンライン」を含む全ニュース部門を統括する役職に就きました。このDXの時代に、私たちのスクープ力をビジネスに繋げる仕組みを新たに作り出すことが最大のミッション。これからは後に続く世代が取材費を気にせず、のびのびと暴れられるように道を切り開いていきたい。

――私たちは、新谷さんの編集者としての転機にお声がけをしたわけですね。とても光栄なことです。

そういう意味では、トレンチコートという服をようやく自分のものにできるときが来たのかもしれませんね。よいご縁をいただき、ありがとうございます。

PROFILE

しんたにまなぶ/早稲田大学政治経済学部を卒業後、1989年に株式会社文藝春秋に入社。「スポツ・グラフィック・ナンバー」や「週刊文春」、月刊「文藝春秋」などの編集部を経て、2012年から「週刊文春」の編集長に就任。徹底したスクープ主義によって、同誌を〝文春砲〟という名の社会現象に導く。2021年7月には創刊100年の歴史をもつ月刊「文藝春秋」の編集長に就任。今年7月からは、株式会社文藝春秋の取締役・文藝春秋総局長として、すべてのニュース部門を統括している。