

「三陽山長 粋 グラングリーン大阪店」
NEW OPEN
ふたりのキーマンが語る
関西初の直営店舗の魅力
関西エリア初の直営店として2025年3月21日にオープンした「三陽山長 粋 グラングリーン大阪店」。東京・名古屋の既存店舗とはひと味違うコンセプトのもと生まれた同店は、その立ち上げに関わる“人”も異彩を放っています。なかでもキーマンとなったクリエイティブディレクター・波 辰哉さんと、グラングリーン大阪店初代店長・山根一也のふたりが新店誕生の裏に秘められたストーリーをお話しします。

取材・文
取材・文
編集者 小曽根 広光
編集者 小曽根 広光
1984年生まれ。雑誌「Men's Ex」副編集長を経て2018年よりフリーに。現在はメンズファッション各誌に携わりつつ、靴雑誌「LAST」の編集部員も務める。
“プロダクト嫌い”のデザイナーが手がける
「人」中心の空間作り
“プロダクト嫌い”のデザイナーが
手がける「人」中心の空間作り

—— 今回、初めて三陽山長の店舗作りに携わっていただいた波 辰哉さん。便宜上「クリエイティブディレクター」とご紹介させていただきますが、驚くほど多彩な活動をしていらっしゃいますよね。
波:「オマエは一体何者なんだ」とよく言われます(笑)。もともとは家具デザインを主体としていたのですが、そこから店舗内装などの空間プロデュースに派生し、さらにウェブサイト製作やロゴデザインも行うようになりました。先日リリースされた三陽山長の頂上ライン、「零」シリーズのロゴもウチがデザインしたものです。今回の大阪出店にあたっては、インテリア全般を担当させていただきました。什器類は私がCEOを務めるデザインスタジオ「COMPOSITION AND MOMENT」で設計し、「A NEW STUDIO」という家具工房で製作しました。ちなみにこちらも私が運営しています。
—— “日本の粋”というコンセプトをモダンに解釈していただき、日本の伝統とインターナショナルな洗練美が同居する空間に仕上げていただきました。最もこだわったポイントはどういった点だったのでしょうか?
波:今回に限らず、僕の仕事全般にいえることなのですが、“デザイナーの我”を出さないことです。僕、いわゆる名作家具とか唯一無二のデザインといったものに、正直興味がないんです。もっといえば、プロダクト自体に興味がない。それよりも、モノの主となる人間、そして人々が集う空間に惹かれます。ですから、今回三陽山長のために製作した椅子やテーブル、什器類も、世界でここにしかない誂え品でありながら、モノ自体が主役にならないことを念頭に置きました。
—— 特別なんだけれど主張しない、ということでしょうか。
波:そうですね。これはとても難しいバランスで、プロダクト・空間・人間が自然に調和しないといけません。たとえば、思わず視線が釘付けになるくらい立派で存在感のある椅子を接客スペースに置いたとしましょう。すると、空間全体がその椅子に支配されてしまいますし、訪れるお客様も座るのにちょっと気構えてしまいますよね。かといって無味乾燥でまったく心を動かされない椅子を置いたら、お客様が豊かさを感じられません。無いようで有る、有るようで無い。そんな佇まいのプロダクトこそ、上質な空間に最適だと思うんです。

—— なるほど、それは深い話ですね。どこか日本の思想にも通じるような……。
波:そういった意味では、今回の店舗デザインは僕の思想と共鳴するところの多いプロジェクトでした。そんなベースのもとに、“日本の粋”というテーマをさりげなくちりばめています。たとえば、お店のハイライトとなる巨木を削り出したテーブル。これは山形県鶴岡市の金峯神社から譲り受けた“御神木”から作ったものです。もちろんこのために伐採したのではなくて、神社が自然をメンテナンスするために切ったものを運よく受け継ぐことができました。杉の木なのですが、表面に“浮造り(うづくり)”という仕上げを施すことで、年輪の凹凸を感じられるように仕上げています。
—— 表面を手でなでると、独特の立体感がありますよね。
波:それが魅力ですね。日本伝統の仕上げ技術で、杉のように柔らかい木を丹念に擦っていくとこのような質感になります。その上に並べたのは、トチノキで作った靴の陳列台。これは食器の仕立てを活用していて、周りのエッジ部分を非常に薄く削り上げ、全体を丹念にヤスリで磨いてなめらかに仕上げています。

—— くっきりと凹凸のあるご神木テーブルとのコントラストがいいですよね。
波:テーブルが御神木なので、台座は神様への供物台のようなイメージでデザインしました。これはある種、“記号”のような役割も果たしていて、新作や限定品といった推しのアイテムをここに乗せることで、文字の説明がなくても特別な品であることをさりげなくアピールする効果を狙っています。

—— これ、本当にいいアイデアだと思います! ちなみに、波さんが今座っている椅子にも特別な想いが秘められているとか……。
波:この椅子は岐阜のナラ材で作ったもの。小径木といって、太さが足りないために伐採しても活用されにくい素材を使っています。といってもクオリティは非常に優れていて、ただ加工の手間がかかるために捨てられることが多いのです。私は自身で工房も運営していますから、多少効率が悪くても良質な資源を活かしたいという理由で、これを積極的に採用しました。
—— 実はサステナビリティも意識しているというわけなんですね。

波:僕はこの空間を、人の魅力に満ちあふれた場所にしたいんです。森林を守り、貴重な資源を提供してくれる人々、それを形にする職人たち。そこで披露される、三陽山長のクラフツマンシップとホスピタリティ。そして、日々訪れる多くのお客様……。この空間はまだ“ゼロ”の状態で、これから多くの人によって育てられ、デザインされていく。そんな想いを託したのが、“靴の革”を貼ったカウンターや什器です。
—— これもユニークなアイデアですよね。家具には家具用の革を使うのが常識ですから、掟破りともいえる仕立てですが……。
波:一番のポイントは、この革をスタッフのみなさんが定期的に“磨いていく”ところにあります。当然、靴のように経年変化して、時を経るほど美しさが増していきますよね。人の暮らしに長く寄り添い、人の手によって育てられる。革靴の本質といえる魅力を、お店全体で表現したかったのです。人間と関わってこそ価値が出る。靴も家具も空間も、それが理想の在り方だと思うんですよね。
ファッション畑からやってきた
革靴偏愛店長の意気込み
ファッション畑からやってきた
革靴偏愛店長の意気込み

—— 続いてお話しいただくのが、グラングリーン大阪店の初代店長に任命された山根一也さん。三陽山長を運営する三陽商会に入社したのは2003年、社歴20年超のベテランですが、実は今回、異例の抜擢なんですよね。
山根:そうなんです。入社して最初に配属されたのは英国ブランドの店舗担当。その後はマッキントッシュ ロンドン、ポール・スチュアートと、今までは服飾ブランドばかりを担当してきました。靴専門店を任されるのは初めてで、しかもいきなり店長という。でも、辞令を受けたときは“やった!”という嬉しさが込み上げてきましたね。
—— そうなんですね。同じメンズファッションとはいえ、今までのフィールドとはガラリと変わるだけに、プレッシャーも大きかったと思われますが……。
山根:たしかに責任の重さは感じましたが、それ以上に楽しみでしたね。というのも私、昔から革靴が大好きでして。『最高級靴読本』(雑誌Men's Ex編集部が制作し、現在vol.5まで刊行されている靴のムック本)なども愛読していました。いつか三陽山長も担当してみたいな……と密かに願いつつ、関西には直営店がなかったためそれが叶わなかったのです。ですので、関西出店の知らせを聞いたときは嬉しかったですね。

—— 本格靴の素養はすでに備えていた、というわけですね。
山根:とはいえ今回の店長就任にあたり、フィッティングや仕立てなど本格靴の専門知識は徹底的に研修しました。浅草のファクトリーにも入って職人さんたちの仕事も目の当たりにしたのですが、想像以上に手仕事の分量が多くて驚きましたね。
—— 今はそんな三陽山長の靴に毎日囲まれているわけですが、やはり物欲を刺激されますか?
山根:それはもう大いに(笑)。ただ、お財布とも相談しなければいけないですから、悩ましい日々を過ごしています。
—— 個人的に今、一番欲しい靴はなんですか?
山根:ドレスシューズならダークブラウンの「匠 弦六郎」ですかね。ストレートチップよりも少しだけ装飾のあるパンチドキャップトウで、ドレッシーなスーツスタイルからジャケパンまで幅広くカバーできるところが魅力です。穴飾りひとつひとつまで端正で、三陽山長ならではの魅力も詰まっていますね。カジュアル系なら、当店限定モデルの「狩伍郎」に惹かれています。実は私、休日はもっぱらアメカジスタイルを愛好していまして、靴もラギッドなものをよく履いているんです。「狩伍郎」は三陽山長らしい上質さ・上品さがありながら質実剛健な印象ですし、アッパーの革もまた魅力的。素材違いで2種類展開しているのですが、私は伝説のロシアンカーフを再現したといわれる「ヴォリンカ」を採用した一足が好きですね。
—— 靴好きの愛好心が炸裂してますね(笑)。そんな山根さんが率いる「三陽山長 粋 グラングリーン大阪店」ですが、ここならではの魅力はどこにあると考えていますか?
山根:空間については、先ほど波さんにご解説いただいたように唯一無二の魅力を実感いただけると思います。それからサービスについては、ファッション畑からやってきた私なりのノウハウも総動員してお客様のお役に立ちたいと思っていますね。
—— 確かに、洋服と靴の両方に通じたスペシャリストって意外といないですよね。
山根:そうなんです。もちろん靴そのもののご説明もしっかりと差し上げますが、スタイルの一部として靴をお求めのお客様には、ファッションの目線も交えながら、お客様ひとりひとりに“似合う一足”をご提案できたらと思っていますね。



—— ちなみに今日のご自身のスタイルについて、解説をお願いできますか?
山根:なんだかファッションの知見を試されている気分ですね……(笑)。私はいままでブリティッシュやブリティッシュ・アメリカンなブランドを担当していたこともあって、オンスタイルはオーセンティックが好みです。今日はネイビー無地のスーツにブルーの無地シャツ、タイもネイビー系ですが、少しだけ大きめのドット柄を選んで華やかさも意識してみました。そこに合わせる靴といえば、ストレートチップやパンチドキャップトウあたりが定石……なのですが、あえて今日はUチップの「勘三郎」を選んでヒネリを楽しんでいます。本来、Uチップはカジュアルシューズに属する靴ですが、「勘三郎」はドレス木型の「R2010」を使用しているため、オーセンティックなスーツスタイルにも馴染んでくれるんです。
—— おぉ、立て板に水のような滑らかさで言葉が出てきますね。
山根:ちなみに、カラーソックスを選んでいるのは英国スタイルからの影響ですね。当地の紳士たちは、シックなスーツに小物で遊びを効かせるのが十八番ですから。ただ、これみよがしなのはダメです。普段はパンツで隠れていて、動いたときや座ったときにチラッと覗くくらいの塩梅がちょうどいいんです。

—— 靴だけでなく、洋服への愛もしっかり伝わってきました(笑)。最後に、今後グラングリーン大阪店をどんなお店に育てていきたいですか?
山根:波さんのお話とも重なりますが、やはり人が集う場所にしていきたいですね。大阪でジャパンシューズブランドの直営店は意外と少なく、私もニッポン靴の素晴らしさに触れる機会をあまり持てずにいました。そんななかに誕生した「三陽山長 粋 グラングリーン大阪店」は、日本の感性や技を愛する方々にとって非常に魅力的な場所になっていると信じています。大阪駅のすぐ前ですから、ぜひ多くの方に足を運んでいただきたいですね。
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