ファッションエディターが見た
「いい靴」作りの流儀
八.
手仕事の粋は
“仕上げ”にこそあり
前回ですくい縫い・出し縫いを終え、靴の形はほぼ完成というところまでやってきました。 “あとは仕上げを軽く紹介して終わりだな……”と想像していましたが、クライマックスはむしろここから。“丹念な手仕事”という言葉は、この仕上げ部分が最もふさわしいかもしれません。いち靴好きとして、思わず目を奪われる場面が満載でした。
取材・文
編集者 小曽根 広光
今年で40歳。20代のころと最も変わったのは体重で、20㎏以上も増量してしまいました。洋服はおろか、昔買った靴も軒並みキツくて入りません。“足も太る”という噂は本当でした……
ヒールの仕上げひとつまで、
驚くほどの手間が
われわれ編集者は取材撮影の際、常に“撮れ高”を意識しながら動いています。“ここは絵映えする写真がたくさん撮れそうだから、じっくり粘ろう”とか、“ここはちょっと伝わりにくいからサッと済ませよう”……といった感じです。実は当初、この仕上げ工程は“撮れ高少なめ”と想定していました。もう底付けも済んだし、靴作りの山場は過ぎただろう……と思っていたのです。が、実際現場を訪れてビックリ。むしろこの工程にこそ、“丹念な手仕事”が凝縮されていたのです。“これは撮れ高あるぞ…… ! ”と、心中密かに快哉を上げたのでした。
さて、出し縫いを終えて底がついたら、次はヒール部分を作っていきます。分厚い革を何枚も重ねて、釘で打ち留めていく。ヒール部分を“積み上げ”とも呼ぶのはここに由来しています。革を重ねては釘を打ち、また重ねて釘を打ち……という具合に、ここだけでも結構な時間がかかります。金槌の音を響かせながらヒールを積み上げたら、最後に打った釘の頭を切って金槌で断面を潰し、ヤスリで磨いて仕上げます。
ヒールの装着が完了しても仕事は終わりません。現状はまだ、ヒールと本底に大きな段差がある状態。これを綺麗に整え、本底とヒールを一体化させなければいけません。
まず、平刃の革包丁でヒールの外周を削り上げていきます。切り出した革くずを落としながら仕上げていく様子は、まるで木彫り職人のようです。それが終わったら、回転するサンダー(ヤスリ)で表面を滑らかに。鎌のように曲がった面ヤスリで、アッパーとの隙間も丁寧に仕上げていきます。
ようやくヒールが完成……と思いきや、まだまだ続きが。今度は紙ヤスリを手にとり、さらにヒールを磨き上げていきます。“こんなに丁寧に磨く必要あるの?”と思ってしまうほど、時間をかけて仕上げていました。
そして仕上げはいよいよ佳境へ。本底のコバやヒールの側面にインキを塗り、熱した鉄ゴテを当てて仕上げていきます。この出来栄えいかんでコバのシャープさが決まってくるため、実は結構重要な工程です。ローラーのような道具は、出し縫いステッチの上で転がして凹凸をつけるためのもの。これは目付けという意匠で、海外ではウィーリングとよばれています。
最後に、靴底にカラス仕上げを施して完成。ここまで来るのに、想像をはるかに超えて手間のかかる工程の連続でした。
改めて、完成した靴の仕上がりを見てみましょう。コバが美しく磨き抜かれ、底周りを端正に引き締めています。作業時間で考えると、すくい縫い・出し縫いの工程と同じくらいの時間を費やされていました。神は細部に宿るといわれますが、“神を宿す”ためには並々ならぬ手間が必要になると改めて実感します。
さらに高度な職人技を宿したディテールも
さらに高度な職人技を宿した
ディテールも
ヤハズ仕立て
今回ファクトリーで取材したのは通常の仕様による仕上げでしたが、上級グレードの靴やパターンメイドなどではより高度な仕上げも施されます。たとえばこちらの「ヤハズ仕立て」。コバの断面を三角形に削り上げる意匠で、底周りがよりシャープになります。まるで日本刀のような洗練美を宿したコバ。当然、歪みなく仕上げるためには熟練の技が必要です。
スペードソール
こちらは「スペードソール」とよばれる仕様。土踏まずの部分よりも前(つま先側)を分厚いダブルソールにし、土踏まず〜カカトにかけてをシングルソールにしています。さらにその境目をなだらかにつなげることで、重厚感とエレガンスを兼備した一足に仕上がるというわけです。一見では境目がわからないほど自然につなげられたソールに、高度な職人技が宿っています。
これまで長々とご紹介してきた靴作りも、次の工程でいよいよ最後。フィナーレを飾るのは、アッパーの仕上げです。といっても、ただポリッシュをするだけではありません。詳細は次回、お伝えしましょう。
◀ PREV
NEXT▶