ファッションエディターが見た
「いい靴」作りの流儀
九.
靴作りの画竜点睛
“仕上げ”の美学
手から手へ、人から人へ託されてきた、靴作りのバトン。その最終ランナーとなるのが仕上げ職人です。一足の靴に積み重ねられてきた数々のクラフツマンシップが、彼らの手によって最大限引き出される。いわば、仕上げの工程は靴作りの画竜点睛なのです。
取材・文
編集者 小曽根 広光
先日、三陽山長渾身の新規プロジェクトを取材するため、革の名産地・姫路のタンナーを訪ねてきました。実は私、タンナー取材は初体験。いろいろ発見があったのですが、その模様は後日レポートします。
一流メーカーこそ重要視する仕上げ部門
一流メーカーこそ重要視する
仕上げ部門
かつて、英国ノーサンプトンの某高級シューメーカーを訪ねたときのこと。靴作りの各工程を取材し終えて、さあ帰ろうと出口へ向かいかけたとき、“まだ重要な工程が残っているよ ! ”と呼び止められました。案内された先は、“仕上げ部門”。完成した靴をピカピカに磨き上げ、紙に包んで靴箱に入れる最後の工程を担う場所です。そこだけで結構な人数が働いており少々驚いたのですが、考えてみると彼らの仕事は確かに重要。料理にたとえるなら、肉の焼き具合からソースの煮詰め方までとことんこだわりぬいた一皿でも、盛り付けが乱雑では美味しさ半減……といったところでしょうか。彼らが施す最後の一手が、それまでの工程で積み重ねられてきた職人技の輝きを最大限に引き出すのです。
三陽山長の靴作り現場にも“仕上げ部門”があります。浅草のファクトリーは二棟あり、片方の建物はワンフロア、もうひとつは2フロアからなるのですが、その二階部分の2/3ほどが仕上げ部門に割かれています。その面積からしても、仕上げ部門の重要さがわかるでしょう。
底付けが終わり、コバなどの磨き込みも済んだ靴が仕上げ部門に運ばれてくると、まず行うのは“汚れ落とし”。一見ではわからないのですが、この状態ではアッパーの継ぎ目やウェルトの隙間などに、底付けの工程で使ったノリが残っています。それを綺麗に落としておかないと、この後に施す染料の仕上げが美しく決まらないのだそう。
ノリを落としたあとは、クリーナーを布につけてアッパーを丹念にこすっていきます。吊り込みの際、アッパーを木型にぴったりと定着させるために柔軟剤を塗るのですが、それを拭い去るのが目的です。本格的な仕上げを行う前に、靴を綺麗な“すっぴん”の状態に整える。靴磨きと同じ要領です。
下準備が終わると、まず底周りから仕上げを行っていきます。アウトソールのウエスト部分には、お馴染みの三陽山長ロゴを型押し。あわせて、中敷きもセットしていきます。
さて、ここからが職人技の見せどころ。専用の小さなアイロンを細かく使って、靴全体を丁寧に仕上げていきます。これは、表面の微細なシワを伸ばしてなめらかにする工程。素人目には仕上げ前でも完璧な造形に見えますが、職人の目からすると表面にわずかな歪みがあるのだそう。それを整えるのがこのアイロンワークなのです。
ライニング、羽根周り、ヒールカップなど、随所にアイロンを当てていきます。「簡単にやっているように見えますが、実際は熟練の技が必要です。私も以前、試しにアイロンを当てようとおもったのですが、全然思うようにいきませんでした」とは、三陽山長 商品企画兼営業担当・濱田さんの弁。仕上げ職人の面目躍如です。
アイロンによる仕上げが終わったら、革の風合いを引き出す磨きの工程へ。ブラシやスポンジに染料をとり、丁寧に塗っていきます。市販されている靴クリームのように見えますが、実際は仕上げ工程用の特別な染料なのだそう。塗る際もゴシゴシとすり込むのではなく、軽い力で滑らせるように仕上げていました。
ヒール周りなど面の大きいところはスポンジ、コバなど複雑なところはブラシと、道具を使い分けてムラがでないよう仕上げていきます。その後、市販の靴クリームに近い仕上げ剤を全体に塗り重ねて磨くと、レザーの美しい艶が次第に際立っていきます。
染料やクリームを塗り終えたら、硬い毛の靴ブラシを全体にかけていきます。このあたりは靴磨きでもお馴染みの光景。
最後に、機械でバフがけを施して完成。アッパーの光り具合を何度か確認しながら、最後まで手を抜かず丹念に仕上げていました。
これで仕上げが完成 ! 靴全体にみなぎるような光沢が宿っているのが写真でもわかるはず。このあと、薄紙で丁寧にくるんでシューズボックスに入れれば、晴れて店頭への旅立ちに臨めるというわけです。
ここまで9回にわたってご紹介してきた三陽山長の靴作りレポートも、これでようやくフィニッシュ……と思いきや、実はまだお伝えできていないエクストラ・トピックがあります。次回は、三陽山長が誇るスペシャルな仕立て「フレキシブルグッドイヤーウェルト製法」に迫ってみましょう。
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