ファッションエディターが見た
「いい靴」作りの流儀
十.
普段は語れない
「フレキシブルグッドイヤー」の長い話
十.
普段は語れない長い話
「フレキシブルグッドイヤー」
前回までで靴作りの模様をひと通りご紹介してきた当連載。今月からは、そんな一連の流れのなかで発見した特別な技についてご紹介していきます。今回フィーチャーするのは「フレキシブルグッドイヤーウェルト製法」。名前からして少々長いこの仕立てには、普段なかなか語り尽くせない秘訣がたっぷりと詰まっていました。
取材・文
編集者 小曽根 広光
末端冷え性の私にとって、これからの時季欠かせないのがルームシューズ。ダウン入りやらボアつきやら色々試した結果、たどり着いたのはムートンスリッパ。どんなハイテク繊維よりも暖かく、毛皮の力を思い知らされました。
履いた瞬間から柔らかい、三陽山長の上級仕立て
履いた瞬間から柔らかい、
三陽山長の上級仕立て
履いた瞬間から柔らかい
三陽山長の上級仕立て
“三陽山長の「フレキシブルグッドイヤーウェルト製法」は、リブテープを使わず仕立てることで履き始めから抜群の柔らかさを実現”
……普段、雑誌などでこのような原稿を書くたび、ちょっとした後ろめたさに苛まれています。この説明で、“あぁなるほど、そうなんだ”と理解可能な方はごく少数のはず。ほとんどの方は、“リブテープって何?” “履き始めから柔らかいってどういうこと?”と疑問ばかり浮かぶことでしょう。が、限りある紙幅のなかで十分な解説をすることは不可能。不親切な説明に終始してしまうことをいつも申し訳なく感じている次第です。
しかし、今回はそのフレキシブルグッドイヤーウェルト製法だけをじっくり語れるまたとない好機。これは日頃の心残りを晴らせそうだと息巻いております。
三陽山長の上級ライン「匠」&「極」シリーズで採用される三陽山長独自の仕立て、フレキシブルグッドイヤーウェルト製法。最大の特徴は、アッパーとアウトソールの間に挟まる中底にあります。上の写真は、中底にウェルトをとりつける“すくい縫い”を終えた状態の靴。左が通常のグッドイヤー、右がフレキシブルグッドイヤーです。左の中底には、白いテープのようなものがぐるりと配されているのがわかるはず。これが冒頭述べた“リブテープ”です。
そもそも、このリブテープはどんな役割を果たすのか? ということからご説明しましょう。グッドイヤーウェルト製法では、細い帯状のパーツを介してアッパーと中底を縫い合わせます。このパーツがウェルトとよばれるわけですが、これを中底にとりつける際の縫い代として、垂直方向に“壁”を作る必要があります。この壁の役割を果たすのがリブテープというわけです。
靴にとりつける前の中底を見ると、リブテープの中央に壁が立っている様子がよくわかります。壁を中底に固定するためには、テープを強力に接着しなければなりません。すると当然、中底はガッチリと硬くなる。グッドイヤーウェルト製法の靴は履き慣らして馴染むまで独特の硬さがありますが、それは中底の作りが一因になっているというわけなのです。
そんな硬さを解消してくれるのがフレキシブルグッドイヤーウェルト製法。写真右をよく見ると、中底の端にぐるりと切れ込みを入れ、端をめくり上げていることがわかります。ここにウェルトを縫いつけることで、リブテープの壁を不要にしているのです。革の端を切り起こすのは手作業ゆえ、リブテープよりも断然手間がかかります。これが上級仕立てたるゆえんです。
手に持って曲げてみると、違いは一目瞭然。リブテープをつけた中底は木の板のように強固なのに対し、リブテープなしの中底は革本来のしなやかさが保たれています。これが“履いた瞬間から柔らかい”理由です。ちなみにフレキシブルグッドイヤーウェルト製法では、中底とアウトソールの間にクッション材として入れる“中物”の材料も異なります。通常のグッドイヤーウェルト製法はコルクですが、こちらはより柔らかいフェルトを使用。ひとつ上の写真で、中底の横に置かれているのが中物です。これにより、いっそう柔らかい履き心地につなげています。
すくい縫いよりも後の工程は通常のグッドイヤーウェルト製法と同様。まずは中物を敷き詰め、隙間なく均一になるよう包丁やハンマーで丁寧に仕上げていきます。
回転するヤスリで中物の表面を整えたら、アウトソールの装着へ。出し縫いをかける前にノリで仮留めをし、アウトソールの形を作っていきます。ここも非常に手作業が多く、職人の技が光ります。
アウトソールに革包丁で切り込みを入れて表面をめくり上げ、そこに溝を掘って出し縫いの下書きに。このあとミシンでアウトソールを縫い合わせ、めくった部分を閉じて底付け完成となります。
フレキシブルグッドイヤーの代名詞
「匠」シリーズ
フレキシブルグッドイヤーの代名詞
「匠」シリーズ
かくして出来上がるのが、フレキシブルグッドイヤーウェルト製法による「匠」シリーズ。既存の本格靴よりも、さらに上をゆくクオリティを味わいたい。そんな靴好きたちの声を反映して生まれたシリーズです。近年はモデルのバリエーションも大幅に拡大し、いずれもかなりの人気を博しているそう。商品企画担当の濱田さんは、「近い将来、“匠”が三陽山長のスタンダードになるのかも……」と話していました。
上級ラインにふさわしく、フレキシブルグッドイヤーウェルト製法以外にもスペシャルな仕様が。たとえばカカト部分を一枚革で作る「シームレスヒール」。靴の造形美がいっそう際立ちます。目立たないディテールのようで、実は結構他人の目に留まる部分。靴好きなら“おっ”と思う高級仕立てです。
土踏まずの部分だけを黒く塗る「半カラス仕上げ」はビスポークシューズ由来の意匠。さらに、土踏まずの内側をグッと絞り込んだ「セミべヴェルドウエスト」により、グラマラスな立体美を高めています。
さて、当連載も残すところあと2回。次回は、三陽山長で近年大好評だというオーダー靴作りの現場に密着します。「パターンメイド」と謳っているにも関わらず、一般的なパターンオーダーとは比較にならないほど幅広いカスタマイズができる三陽山長。その理由は、“小さな工場”という大きな武器にありました。
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【匠-TAKUMI-】ニッポンに、もっといい靴を。