鴨志田康人流ウェルドレッサー術「鴨志田康人を作った本と、トレンドの風を読める理由」


 

ポール・スチュアートの日本におけるディレクターの鴨志田康人がナビゲートする「STYLE LESSON for MEN」第3回は、書斎の本棚から“1957年生まれの鴨志田康人を作ったファッション本”をチョイスしていただいた。「自分がファッションを最初に意識したのは、73年公開のアメリカ映画『アメリカン・グラフィティ』を観たときでしょうか。この映画でアメリカのファッションやカルチャーの格好良さに圧倒され、テレビドラマの『ペイトンプレイス物語』を見て、保守的なトラッドのボストンスタイルを知り、本物の格好良さは全然違うんだなということを感じました。高校時代にビームスやミウラ&サンズ(現シップス)でアメリカモノに触れ、店に通っていろいろ教わりましたね。それでいつしか、本当にファッションが好きなんだなと気づいていくわけです」。

 

Photo. Riki Kashiwabara / Text. Makoto Kajii
Edit. FUTURE INN

 

 

 

ファインアートが好きで、絵描きになりたかった青春時代

 

自分の小遣いで服を買うようになったのは高校生のときですね。私服通学だったのでボタンダウンシャツを着て、冬はダッフルコートを羽織って通うような普通の高校生で、周りの友だちに比べて自分がおしゃれだと思ったこともないし、どちらかといえば遅咲きだったはず。雑誌『メンズクラブ』を読み出したのも高校で、本屋で毎号買っていました。『メンズクラブ』のバックナンバーは40番台から持っています。

高校を卒業する頃はファインアートが好きで、絵描きになりたいと思っていました。多摩美の立体科に入って、建築やインテリアを勉強したのですが、ロットリングで線を引く練習などとても地味で(笑)、自分の性に合っていないなと思っていました。でも、美しいものは大好きでしたね。マティスの色使い、ピカソの構成の面白さ、斬新なインテリアなど、美意識的な目線は常に持っていました。

大学3年のときに、渋谷109にあったテイジンメンズショップでアルバイトを始めます。ここで将来を見据えることができました。大学4年のときにビームスが渋谷に店を出す話を聞いて、オープニングスタッフになり、カジュアルの一角にジャケットなどを置く店で、「鴨志田は重衣料が得意だろう」と配属されました。

 

 

ショップスタッフ、バイヤー、モノ作りというステップ

 

20代前半まではアメリカのアイビースタイルがベースにありましたが、価値観が変わったのはフレンチトラッドとの出合いです。パリの男性のスタイルが本当に格好良く見えた。着こなしが自由で、色使いはアメリカとは違いますが、着ているモノはとてもベーシック。「スタイリングでこんなに違うのか」と驚きましたね。いわゆる匂いが違うわけです。

アメリカントラディショナルにも共感していて、ヨーロッパの伝統に比べると、健康的で、リアリティを感じました。堅苦しくないのにクラシックのクラス感をわきまえている絶妙なバランスにも惹かれましたね。

ビームス時代は、買い付け商品に足りないものをオリジナル商品で補っていて、バイイングをしていると、「自分だったらこういうモノを作りたいな」と自然に湧いてくるものがありました。そういう取り組みから日本独自のセレクトショップが生まれてきたわけです。

バイヤーの経験は今でもすごい財産です。世界中の良いモノを見て着ることができたし、変わらない良さ、変わっていく良さ、時代を象徴するようなアイテム、デザイナーの栄枯盛衰など、長い時間をかけてファッションに触れて、携わってこられたのは幸せなことです。

モノ作りに関しては、自分はデザイナーだとはまったく思ってないし、プロフェッショナルとしての技術的なものも持っていません。でも、「どんなモノが良いのか、どんなスタイルがカッコイイのか」という理想像はぶれていません。バイヤー経験があったからこそ、時代の感度とズレずに風が読めるのだと思います。そこは自信を持って言えますね。

 

 

鴨志田康人を作り上げたファッション本を紹介

 

自分のファッションに対する価値観が変わり、目覚めたのが75年発刊の『Cheap Chic(チープ・シック)』です。自分が買ったのは70年代後半ですが、アメリカのヒッピー文化、ウエスタン、ワーク、古着、ミリタリー、アイビーリーグなどがすべて同じ目線と価値観で語られています。「伝統的なものは素晴らしい」、「クオリティのいいものは大切に着ましょう」、「古着でもビンテージでもチープな服でも着こなし次第でおしゃれになりますよ」というメッセージが詰まっていて、モノを大切にする、継承していくことを多角的に説明しています。これは今の時代でも十分通用するし、ファッションのお手本・教科書としてお薦めしたい本ですね。

アメリカ雑誌『Esquire』が編纂した『エスカイア版20世紀メンズ・ファッション百科事典』の日本語版は、多摩美時代に発売日に出版社まで直接買いに行って驚かれました(笑)。一冊全部読みましたね。自分の教科書の一つです。

『AMERICAN CLASSIC MAGAZINE』はアメリカンプレッピーの参考書で、ポール・スチュアートに関わるようになってまたよく見るようになりました。80年代のアメリカンスタイルのバギーパンツにモカシンを履くスタイルは今見てもカッコイイ。発行当時のマンハッタンの地図も載っていて、街の変わり様がよく分かります。

Brutus Books『20世紀号ただいま出発』は久保田二郎さんがアメリカのカルチャーを書き綴ったもので、アメリカ文化を教えてもらった、とっても楽しい本です。当時は分からなかったことが、今読むと「なるほどな」と理解できるのも本の魅力ですね。

 

 

鴨志田康人が考えるクリエイティブディレクターの仕事とは?

 

自分はデザイナーではないと言いましたが、ポール・スチュアートにおいてのディレクターの仕事とは、お客さまの目に触れるもの、五感で感じるモノすべて、ポール・スチュアートの血が感じられるものを作り上げることです。服はもちろん、店内の音楽、接客するソファ、お出しするコーヒーカップなど隅々にまで目を行き届かせていきたい。具体的にいえば、自分が初めてポール・スチュアートのNY本店へ行ったときに痺れた感覚を今の時代に解釈して伝えたい。

ポール・スチュアートは、ミッドタウンのマジソン45番地に本店を構え、時代を牽引するジェントルマンの期待に応え続けてきた80年余という素晴らしい歴史があります。それを考えるとポール・スチュアートの役割は重いし、使命がある。世界的に総カジュアル化していく中で、このドレスブランドをどうアップデートしていくか――自分に課せられた大きな課題ですが、挑戦しがいがありますね。

次回、STYLE LESSON for MEN Vol.4~鴨志田康人流ウェルドレッサー術~は、「2020年春のトレンドを語る」を取り上げます。お楽しみに。