TOP > 三陽山長 > FEATURE > 【ファッションエディターが見た「いい靴」作りの流儀】二. “本当にいい革”の真実

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ファッションエディターが見た
「いい靴」作りの流儀

二.
“本当にいい革”の真実

三陽山長の靴作り工程を追いながら、「いい靴」作りの流儀を見出す当連載。第二回は、靴を語るうえで欠かせない革について。
“〇〇社のレザーを使った高級靴!”という具合に、とかくタンナーの名前が品質を判断する指標となりがちですが、“本当にいい革”のキモはその実、別のところにありました。

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取材・文

編集者 小曽根 広光

スーツ、ジャケット、革靴などのドレスクロージングが専門。靴の所有数は50足ほどで、メイド トゥ メジャーやビスポークといったオーダーもひと通り経験。

“看板”に
惑わされるべからず

以前、あるビスポークシューメーカーに“おすすめのタンナーを教えてください”という質問をしたところ、少々困った様子で次のように返されたことがあります。

「それが、一概に答えられるものではないんです。同じタンナーが手がけ、同じ名前がつけられた革でも、そのなかに“等級”がありますから」

後から考えると、彼の言葉はレザーにまつわる誤解に気をつけるべし、というアドバイスだったのだと思います。靴好きなら誰もが知る名門タンナーの革でも、そのネームバリューだけに踊らされるべからず、ということです。今回、三陽山長・商品企画担当の濱田 甫さんにインタビューを行った際にも“等級”の話が出てきて、図らずも呼び起こされた記憶でした。

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「三陽山長の靴には、過剰な“化粧”を施しません。革本来の美しさを活かした靴のほうが、美しい経年変化を味わえるからです。そのためには当然、革そのもののクオリティが重要になります。そこで、世界各国の一流タンナーが手がけた高級レザーのなかでも、等級の高いものだけを選びぬいているのです」

濱田さんはこのように話します。キズや筋が少なく、吊り込んだときにも美しい表情を崩さない革だけを使う。それは今の時代、至難の業になりつつあるそう。

「等級の高いレザーを入手しても、そのすべては使えません。三陽山長のクオリティを満たすには、履きジワの入り方まで考えながら“いい部位”だけを抜いていく必要があります。さまざまな情勢の変化により、質の高い革を手に入れるのは年々難しくなっています。それでも、いい革を確保することは靴作りの生命線ですから、いつもアンテナを張りめぐらせながら調達を行なっているんです」

デュプイ、イルチア、ワインハイマーetc.……三陽山長の靴には、世界に名だたるタンナーの革が使われています。しかしそれは、決してブランド革で箔をつけるためではない。むしろブランドネームの裏に隠されがちな“等級”や“使う部位”にこそこだわるのが三陽山長の流儀なのだーー濱田さんの話しぶりからは、そんな秘めたる矜持が伝わってくるようでした。

スムースレザーは
光沢まで吟味して

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さてここからは、三陽山長の革選びについてもう少し具体的に掘り下げてみたいと思います。まずは革靴の大基本といえるスムースレザーから。濱田さんは次のように解説します。

「グッドイヤーウェルト製法の靴は本来、お手入れと修理を重ねながら10年、20年と愛用することを前提としています。ですので、レザーもある程度の耐久性がなければならない。これが第一条件です。かといって分厚すぎてはドレスシューズに向きませんから、上品さと丈夫さをちょうどいい塩梅で両立したものが理想となります。具体的には、1.2㎜程度のボックスカーフを選ぶことが多いですね。それから、革の手触りも重要。硬すぎても柔らかすぎてもいけませんので、慎重にチェックします」

さらに、革の風合いにも重要なポイントがあるそう。

「革の光沢についてもよく吟味しながら選定しています。これは良し悪しの問題というより、靴のデザインとの相性を見ていますね。たとえばストレートチップなどドレス感の高い靴なら美しい光沢がある革を、ローファーなどカジュアルな靴にはマットな革を、という具合に、仕上がりの表情をイメージしながら選んでいます。ちなみに現在、定番ストレートチップの『友二郎』にはワインハイマー社のボックスカーフを、シャープなスクエアトウの『友之介』にはイルチア社のセタニールという革を採用しています」

友二郎

友之介

スエードのキモは
毛並みと発色

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次に、カジュアルシューズでしばしば用いられるスエードについて。

「基本的に“銀つき”のものを選んでいます。スエードは分厚い原皮を何枚かに割いて作りますが、銀面、つまり表皮がついた一番外側の層から作るものを “銀つきスエード”といいます。これは質感が美しいだけでなく、革の繊維が高密度に詰まっているため耐久性も高いのです。タンナーでいうと、英国のチャールズ・F・ステッド社やイタリアのイルチア社あたりが定番ですね」

写真の「弥三郎」は、チャールズ・F・ステッド社の「ヤヌスカーフ」を採用した一足。ベルベッドのようなしなやかさに加え、ほのかに色気を放つ黒の発色も目を惹きます。

「発色の美しさも、スエードを選ぶうえでの重要なポイントです。たとえばブラックひとつとっても、漆黒に近いものからグレーっぽいものまで、比較すると色みが千差万別なのです。これがブラウンになると、さらにトーンの幅が広がります。加えて、吊り込みをかけると革が引っ張られて色が薄く見えますから、そのあたりもイメージしなければなりません。ちょっとした色みの違いで靴の表情は大きく変わりますので、特に神経を使っています」

知れば知るほど奥深い革の世界。だからこそ、作り手たちの真剣さが宿るのだと実感した次第でした。

弥三郎

知っておきたい
世界の有名タンナー

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TANNERIES DU PUY

“プイ”の愛称で知られる、フランスを代表する名門タンナー「デュプイ社」。最高級ボックスカーフの「シャトーブリアン」(右3つ)や某ビッグメゾンにも供給していた「クシュベルカーフ」(左端)など、幅広い革を展開。

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TANNERIE D'ANNONAY

デュプイ社と並ぶフランスの有名どころ「アノネイ社」。スムースレザーも手がけますが、近年は型押し革が人気。伝説の革といわれるロシアンカーフを模した型押し革「アルカザール」(右2つ)は代名詞のひとつ。

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Tanneries HAAS

近年、革好きたちの間で話題を集めるフランスのタンナー「アース社」。自分たちが納得のいく革だけを作るため、小規模生産を貫くこだわり派です。印象的なシボをもつ「ユタカーフ」(右から2・3番目)が代表作。

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ILCEA

イタリアの高級タンナーといえば「イルチア社」。“ミュージアムカーフ”ともよばれる「ラディカ」(右から3・4番目)は靴好きの大定番レザーです。銀つきスエードの「アリカンテ」(左2つ)も人気。

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Charles F Stead & Co Ltd

スエードの代名詞として名高いイギリスのタンナー「チャールズ・F・ステッド社」。銀つきスエードの「ヤヌスカーフ」(右4つ)は多彩な色バリエで展開しています。表面に油分を塗り込んだ「ワクシーコマンダー」(左端)など変わり種も。

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Weinheimer Leder

ボックスカーフの王様として知られたカール・フロイデンベルグ社の製法を継承し、2003年にドイツで創業した「ワインハイマー・レーダー社」。きめ細かな風合いは絶品の一言で、最高級ドレスシューズにぴったり。

ツウほどこだわる
「靴底の革」

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アッパーの影に隠れがちですが、靴好きの多くが強いこだわりをもつアウトソールの素材。三陽山長では、オーダーサービスの「PATTERN MADE」で靴底をカスタマイズできます。オリジナルのレザーソールに加え、ドイツの「ジョー レンデンバッハ」社やイギリスの「J&F J.ベイカー」社製のものも展開。両者とも樫の木の成分で革をなめしたオークバークレザーで、優れた耐久性を備えています。

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