ファッションエディターが見た
「いい靴」作りの流儀
三.
もっと語られるべき
「型紙」と「裁断」
三陽山長の靴作り現場に密着し、そこで見出した靴作りの極意を紹介する連載の第三回。今回は、しばしば見逃されがちな「型紙」と「裁断」にフォーカスします。完成度の高い木型、上質にこだわった革のポテンシャルを最大限に活かす、知られざる職人技にご注目あれ !
取材・文
編集者 小曽根 広光
20代前半から定番といわれる靴を一生懸命買い集め、おおかたのブランドは経験ずみ。三陽山長はストレートチップ「友之介」を自分の結婚式用に購入し、現在も愛用中。
靴の顔を左右する、密かな要所
みなさまは革靴の良し悪しを語るとき、どこに着目しますか? 木型、あるいはアッパーのクオリティと答える方が大半なのではないでしょうか。正直に告白すると、私もそのひとりでした。過去シューズファクトリーを訪れたときも吊り込みや底付けにばかり目が行って、そのほかの工程はサラッと流してしまっていたものです。が、このたび改めて靴作りの各プロセスをじっくり取材してみて、これまで極めて重要なポイントをいくつも見逃していたことに気づきました。その代表例が、ここでご紹介する「型紙作り」と「革の裁断」です。
「この靴、トウキャップが小ぶりで上品だよね」「直線に並んだアイレット(靴紐を通す穴)がオーセンティックでいいね」「このローファー、エプロンの形が絶妙 ! 」……こういった要素はいずれも、型紙によって決まるもの。木型の完成度がいくら高くても、型紙がそれを活かしきれなければ形無しになってしまうということです。木型は靴のフォルムを決め、型紙は靴の顔を描き出す。そのためには、相当な試行錯誤が不可欠なのだそう。
型紙の作り込みは、立体と平面を行き来することによって行います。まず木型に薄い紙を貼り付け、そこに各パーツのラインを描いていく。ここでバランスを掴んだら、その紙を剥がして平面に落とし込む。これが型紙の原型となります。が、それで終わりではありません。型紙を起こしたら、それを再び木型に被せて細部を微修正していきます。ミリ単位の調整を納得のいくまで繰り返して、ようやく型紙が完成を見るのです。
型紙をもとに製作されるのが、金属でできた「抜き型」。これを革にあて、クッキーのように抜いていくことで裁断を行うわけですが、一足ぶんを開発するだけでかなりのコストがかかるそう。それゆえに、型紙作りがブランドの命運を分けるといっても過言ではないのです。
密かな職人技が凝縮された「裁断」
さて、ここからは「裁断」についてご紹介。先述の抜き型を使って靴を構成する各パーツを切り出していきます。こう書くと簡単に聞こえますが、実はここにも高度なクラフツマンシップが凝縮されています。余談ですが、海外で裁断職人は“クリッカー”とよばれ、専任のスペシャリストとして靴作りにあたっています。
裁断における最初の要所は、革の状態をくまなくチェックし、見極めること。革には必ず、細かなキズや筋などが存在します。靴の仕上がりを美しくするには、これらが目立つ場所に出てこないよう裁断しなければなりません。一見目立たないキズや筋も、革を吊り込んだあとに目立ってきてしまう場合があるため、革を下から指で押し上げながら慎重にチェックしていきます。
チェックが終わったら、抜き型を置いて裁断開始。専用の機械を用いるため、革を抜くのは一瞬です。が、それだけに失敗は許されません。仕事の様子を間近で見ていると、機械を操る職人の顔に気迫がみなぎるのをはっきりと感じることができます。
裁断の際にキモとなるのは2点。ひとつは先述のとおり、キズや筋を避けて裁断すること。そしてもうひとつは、いかに無駄なく革を切り出していくかです。前回の記事で触れたように、三陽山長ではトップランクのレザーを厳選しています。それだけに、ロスが多いと靴の価格に跳ね返ってきてしまうのです。いうまでもなく、革の状態は一枚一枚異なります。それを的確に見極め、パズルのように抜き型を配置して材料を極力使い切る。これが裁断職人の手腕なのです。
こちらは三陽山長の大定番モデル、ストレートチップ「友二郎」を構成するパーツを裁断したところ。アッパーは5つのパーツから成り立っていることがわかります。事前にペンでチェックしたキズや筋を避けることに加え、革の端の方を使わずに裁断することも仕上がりの美しさを高めるために重要なポイントだそう。
友二郎
こちらは、ホールカット「勇一郎」のアッパー。これを見ると、一枚仕立てともよばれる理由がよくわかるはずです。ちなみに、パーツの数が少ないほどロスを避けて革を裁断するのが難しくなります。革そのもののクオリティと裁断職人の技、その双方が試される靴なのです。
勇一郎
革靴の構成要素、一挙公開 !
ここからは少々目先を変えて、一足の革靴を構成する全パーツをご紹介していきましょう。まず、アッパーのすぐ内側にくるライニング。こちらも抜き型を使い、一足ずつ慎重に裁断していきます。つま先のほうに置いた白い半月状のパーツと、ヒール側に置いた横長のパーツは靴の芯地。そして黄色のパーツは中敷きの下に仕込むクッション材です。左に置いた紐はビーディングとよばれるもので、履き口など革のエッジが露出する部分をカバーするパイピングのようなパーツです。アッパーに比べて、見えない内側のほうが複雑な構造になっていることがわかります。
こちらは底付けに関わるパーツたち。いわば靴の骨格となるものです。リブテープを取り付けた中底、グッドイヤーウェルト製法に欠かせないコルク、本底ともよばれるアウトソール、ヒールの積み上げ、そして土踏まずを支える鉄のシャンク。左側の長い革紐はウェルトです。革靴好きならいずれも耳馴染みのあるパーツかと思いますが、材料の状態を目にする機会はあまりないのでは?
そしてこちらが、シューレースとレースステイに取り付けるハトメ。こうしたパーツを組み合わせて、一足の革靴が出来上がります。
第三回目の連載を終えても、まだまだ靴作りの工程は序盤。革靴にまつわる記事作りを20年近く担当している私でも、かつてこれほどじっくりと各工程をご紹介した経験はありません。次回以降もたっぷりと深掘りをしていきますので、乞うご期待 !
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