ファッションエディターが見た
「いい靴」作りの流儀
五.
アッパーに宿る、
靴の守護神
「クローザー」と聞いて、多くの人がまず思い浮かべるのは野球でしょうか。靴作りにも同じ名前で呼ばれる役割が存在しますが、その出番は野球と違い、製作の序盤にやってきます。しかし、靴作りの結果を左右する守護神という意味において両者の性質は共通するものがあります。今回は、靴のたたずまいを決定づける「製甲」に秘められた極意に迫ってみましょう。
取材・文
編集者 小曽根 広光
今秋発売予定の某雑誌で“ニッポン靴特集”の編集を担当することになり、ただいま鋭意制作中。クオリティの高さについてはもちろん、近年目覚ましく進化する“日本人のクリエイティビティ”にも焦点を当てています。
ステッチ一針まで宿る、職人の美意識
シンプル、ベーシック、正統。三陽山長の靴コレクションには一貫して、そんな美意識が宿っています。言い換えれば、一切のごまかしが効かないということ。あらゆる細部まで徹底的にクオリティを突き詰めるからこそ、奇をてらわない一足が際立つ輝きを放つのです。
型紙に合わせて裁断したアッパーを縫い合わせる工程。これを海外では「クロージング」、日本では「製甲」とよんでいます。冒頭で触れた「クローザー」とは、クロージングを担当するスペシャリストのこと。日本では製甲職人とよばれ、裁断や底付け職人とは違う専門の担当がその職務にあたります。製甲の工程は、靴作り全体で見ればまだまだ序盤。しかしこの段階から、驚くべき技を随所に見ることができました。
たとえば上の写真2枚をご覧あれ。一見ほぼ同じ作業に見えますが、よく目を凝らすと、右はステッチが2本走っているのがわかると思います。実はこちら、トウキャップやヴァンプ(トウキャップとレースステイの間にくる部分)に施すダブルステッチをかけている様子。2本針で一度に縫うのではなく、1本針のステッチを並べているのです。
驚くべきは、“本当に2回ステッチをかけているの!?”と疑ってしまうほどの精密さ。2本のステッチが全く歪むことなく、完璧な並行になっているのです。単に間隔が均等というだけでなく、対面するステッチが前後にずれることもほとんどありません。一糸乱れぬとは、まさにこういう様子をいうのでしょう。
たとえば上の写真2枚をご覧あれ。一見ほぼ同じ作業に見えますが、よく目を凝らすと、下の写真はステッチが2本走っているのがわかると思います。実はこちら、トウキャップやヴァンプ(トウキャップとレースステイの間にくる部分)に施すダブルステッチをかけている様子。2本針で一度に縫うのではなく、1本針のステッチを並べているのです。
驚くべきは、“本当に2回ステッチをかけているの!?”と疑ってしまうほどの精密さ。2本のステッチが全く歪むことなく、完璧な並行になっているのです。単に間隔が均等というだけでなく、対面するステッチが前後にずれることもほとんどありません。一糸乱れぬとは、まさにこういう様子をいうのでしょう。
こちらが完成した靴。外側のステッチは革の端ギリギリを走っており、ここからも職人の技術力が伺えます。ストレートチップ「友二郎」のアイコンであるスワンネックステッチを見ても、非常に優美で乱れのない曲線を描いているのがわかるはず。アッパー全体にわたって無数に走るステッチ。その一針一針に精緻な美しさを追求しているからこそ、凛としたオーラを放つ一足に仕上がるというわけです。
友二郎
なんと、
穴飾りまで“手開け”だった !
三陽山長の製甲を見て、もうひとつ驚かされたことがあります。それは、パーフォレーション(レースステイの周りやトウキャップ部分に施される穴飾り)を一穴一穴、手仕事で開けているということ。小さなポンチと金槌を使ってトントントン……と穴を開けていく様子は、まるで彫刻家を見ているようでした。もちろん、パーフォレーションにも一切乱れはありません。
こちらが完成図。トウキャップに施されているパーフォレーションは“親子穴”とよばれる形状ですが、これは大きな丸ひとつと小さな丸ふたつをワンセットで開けられるポンチを使用して親子穴を開け、それを連ねることで飾り模様を表現しています。
弦六郎
靴好き垂涎
超絶技巧「スキンステッチ」
ところで製甲の工程には、本格靴のクラフツマンシップを象徴する超絶技巧があります。革靴好きには言わずと知れた「スキンステッチ」です。革の裏側から針と糸を通し、それを反対側(表側)へ貫通させずに2枚の革を縫合する……というもので、まるで外科手術のような精密さが要求される技法として知られています。私は以前、英国ノーサンプトンにある某高級靴ファクトリーを訪ねたことがありますが、そこでも「ウチの技術力は世界最高峰と自負しているけれど、スキンステッチを縫える職員はわずか数人しかいないんだ」と教えられました。
聞くところによると、スキンステッチを縫うこと自体は、修練を積めば誰にでもできるようになるそうです。しかし、それを“実用レベルのスピード”で行うことが難しい。ソロリソロリと針を進めて、一足ぶんのスキンステッチを施すのに丸1時間かかりました……という具合では、靴作りとして成立しないということです。
その点、三陽山長が擁する職人の手つきは実になめらか。キリのような道具で革に下穴を開け、湾曲した針を両側から挿しこみ、クロスさせるように縫い合わせる。この一連の動作を、流れるように行なっていきます。
仕上がりはこのとおり。つま先部分に縫い目が露出することなく、2枚の革がつなぎ合わされています。内側を通るスキンステッチが縫合部の周りで盛り上がって見えるため、ぷくぷくとした独特の表情に仕上がるのも味わい深いところです。
極 勘三郎
次回からはいよいよ、靴作りのハイライトである底付けの模様をレポート。ここにも驚きの技と美意識がたっぷりと詰まっていました。ぜひご注目ください !
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